詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
枯れることなく
花の咲きみだれても
それは
開くことをしない
閉じられたままの
かなしみの
すそ
風が
つねに優しいならば
怯えることも
すさぶこともないけれど
こおれるものを
溶かしうる熱量を
おぼえることもない
風は
通り道を
易しく拓きつづけて
はげしく
或いは
ささやかに
それはそれは自由に
いたみを
残す
月そのものに
おそらく翳りはない
手がかりならば
そう
異国への旅を
よろこべばいい
思い当たる横顔の数だけ
純粋さは疑われるだろう
ほかならぬ
おのれに
ちいさな足もとには
少しの土があればいいのに
のぞみはいつも
縛りつけられたまま
気付かずに堕ちてゆく
此処がそれ
あこがれの対極
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愚問は
ついに完成されぬまま
その
かなしみはいつしか
見ようによっては
魅惑となり
密やかな
きょうの日の加減が
夕陽のなかで
華々しく沈黙をする
断言も
断言せぬことも
それぞれに
おそろしく適度に
未遂をたたえる
昔々
ものごとは
簡潔だっただろう
名前や音や学びや契りや
広く深く難しく
ものごとは
簡潔だっただろう
石は
風にそよがないけれど
それこそが
一部を忘れたものたちの
一途なおごり
なのかも知れない
時を守るすべは
満ちていても
だれもが
孤独に
満たされてゆく
動いているのに
動いていない
森が
森の名が
いつしか互いを遠ざけた
手招くかたちを
留めたまま
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呼び鈴が
鳴り続けている
きのうから
きのうまで
呼び鈴は
鳴り続けてゆく
永遠に
永遠を崩さなければ
永遠は微笑まない
それだから
呼び鈴は
なおも
不在を確かめる
管弦のなかで
円舞のなかで
きょうではなく
あしたでもなく
ただ
きのうのためだけに
祝杯は
絶え止まない
拍手喝采のなかで
時計はいつも
過去を進む
誰のための客人であり
誰のための主人であるのか
知らないままで
済まされてゆくことから
順番に
知りうるさなかで
失い続けるならわし
まぼろしにも真偽はある
あばきながら
あばかれながら
存在はせわしなく
不在を往くのだろう
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衰退という言葉を覚えてからは
賑わいと
寂しさとを
天秤にかけている
贅沢イコール幸福
その算式は
完全には正しくないけれど
完全なる誤りでもないだろう
拡散にはきびしさを
縮小にはいつくしみを
わかっているからといって
そのままに
歩けるわけではない
そうしてそこに
勝敗を持ちかける者もある
そんなふうにどの意味も
無の向こうから
生まれくる
想うことを癒しとすれば
想うことは傷にもなるだろう
いちばん遠いものたちは
どこかをさかいに
いちばん近い
限りなく
限りあるすべてを拒んでゆけ
あの
空に架かる絵は
相似を招きはしても
整合を招きはしない
それが本来の
さよならのやわらかさ
容易いとおもえば容易く
難しいとおもえば難しい
あきらめをあきらめて
ゆるしをゆるして
限りなく
限りあるすべてを拒んでゆけ
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祈りのままにときは降り
季節は積もりゆく
それが
落ちるということの
ひとつのかたち
数えうる指先には
幾つでも隙間があって
さがしてゆくほどに
さがしものは
増えてゆく
ゆるやかに適合性を失って
不慣れにも
願いの重さを背に負って
代わりに
臆病になってゆく代わりに
誰もがみんな
褪せてしまえる権利を
握る
記憶は停まらない
忘れるためだとか
覚えるためだとか
それぞれに
おぼろな文字の滲みを
はっきりとみとめながら
あたらしくなるたびに
過ぎた総てをつれて
なつかしさは
はなはだ複雑に純粋な迷路
ただそれだけのこと
褪せてしまえる権利の
わかりやすさには
ためらいのあと
誰もがつよく
つよく握り
深みを帯びる肌色のうえ
祈りのままにときは降る
祈りのままにときは降る
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しらないものが多すぎて
わたしたちはいつも
上手におぼれる
陽射しとは
なにを探し出すためのあかりだろう
こたえなどわかる筈もなく
求めるわけもなく
わたしたちはいつも
上手におぼれる
遠くはないのに
遠くにおぼえてしまうもの
それは
封を切られた手紙のように
寂しさを装いながらも
確かにあたたかく
季節を告げる
握りしめた真夏の茶色の名残に
そそがれてゆく語りが
記憶のはじまり
わたしたちは
絶え間のない流れのなかで
どれだけの頼りなさを
許してゆけるだろう
幾つの夢を
約束を
透きとおる硝子の手前で
あるいは向こうで
わたしたちは
誰よりもさかなだった
こぼれる吐息に
名前をのせて
泡は
ゆたかに
しあわせをあふれ
きらめいていた
八月はもう終わらない
わたしたちはそして
上手におぼれる
それとは知らずに
なおさらに
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あの塔は
いつ崩れても
おかしくはない
と
その
語りは
誰かにとって
あたらしきを築き
誰かにとって
もはや
壊れたままのかけらで
見えないはずの
ことばのかたちは
日々を
平等に
取り囲んでいる
そうして斜塔は
アンバランスという名の
均衡のなかで
きょうも静かに
立っている
ここは
バランスに
明け暮れる者たちの
不均衡な地平
たとえば月の名に
たとえば星の名に
誰かにとっての
故郷の定義が
変わりゆく
そんな事態もあるだろう
そういう地平に
ひとは棲んでいる
そうして斜塔は
もしかしたら
ひとと寄り添って
きょうもなお静かに
立っている
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いま願いを託した
あの星には
誰かが立っていたのだろう
いま
音もなく消えた星には
ひとつの願いも
無かっただろうか
流れ
過ぎてゆく
景色のなかで
わたしたちは互いに
無数の星
乾きをうるおす水には
幾つの声が透けるだろう
暖をとるための炎には
幾つの声が揺れるだろう
見渡せない夜は果てしなく
わたしたちは
淡い夢のなかで
塵のように夜を浮かぶ
閉じこめて
閉じこめられて
彩りのかさなりは
闇夜に
黒く
果てしなく
わたしたちは互いに
無数の星となる
痛みも恨みも涙も怒りも
まばたきのまに
無数をゆく
無数のかがやきは
互いに
互いの流れ星
たとえば
わたしのこのうたも
見渡せない夜は
果てしなく
黒い
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あなたの肩に
ふゆはある
それを
みとめるだけで
あなたは
急いでしまうから
ふゆはなお
息づく
雪原の片隅が
孤独の
いどころ
おおきくなるには
時間がかかる
春をのぞみ
春をうたうころ
雪原は
ゆっくりと
ちいさくなる
つまり
いどころはうつる
春は
わすれてしまう季節
春はおそろしい
あなたの片隅に
ふゆはある
日々を
こまやかにゆけば
なお
しろは
目立たない
とめどなく
寒いゆめはないか
何気なく
ふるえる隙間はないか
巣のあるものはつよい
ふゆは必ずかえる
巣を持つものはつよい
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僕は
僕としてしか
生きられないうえに
僕をつなぐことで
精一杯なんだ
ここは賑やかな街だから
誰かが代わりに
笑ってくれる
誰かが代わりに
走ってくれる
だけどほんとは
ここは寂しい街だから
僕は
雲を見上げている
変わってゆくけど
変わらない
そういうものを
見守っている
雑踏のすぐそばで
ベンチはいつも
冷たいままだ
言い訳ばかりの僕は
そこに凍えてしまうから
いっそ雨に降られたい
繊細であることは
薄弱であること
想いの分だけ
雑踏は遠ざかる
誰ひとり見向きもしない
僕は知っている
一から十へ
十から百へ
百から千へ
ゆびが疲れたら
みんな消えてしまう
僕は
どこまで抱いてゆけるだろう
由緒の正しい
はかなさを