詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
まねごとはおやめなさい、と
たしなめられている
水の向こうにいる人に
あるいは
近くて遠い
水のおもてに
わたしのゆびは
冷ややかに染まる
月明かりは物言わず
それゆえ夜は
何もかもが許されるはずだと
たたずんで
わたしとよく似たあなた
触れられず
聴けもせず
わたしはまったく及ばない
けれど
一枚の水の隔たりに
あなたもわたしに及ばない
向かい合うことが
ひとみ
通い合う
まなざしにだけ
姿ははじめてあらわれてゆく
水は
わらっていただろうか
にげていただろうか
わたしのゆびには
うるおいがひとつと
波のゆくえが
幾重にも
透きとおる
それは
無限にひとつの
ひとみをこぼれる
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
鳥居に
菊花を吊るしたら
砕ける桟橋
傾ぐ舟
手鏡ぬぐえば
小太刀まばゆく
たちこめる宵
群がる灯篭
座頭の爪弾く
琵琶は
千年
雀の遊ぶ
鳴子は
こがね
雲居をながれる
琴の音ならば
せせらぐ川面に
満ちて
ひさしく
舞う鈴の音に
身を尽くし
澪標こそ待ち人のかげ
舞う鈴の音に
道標
扇をかえせば
いざないの波
日傘はほころぶ
けなげな芳香
編み笠ひとつ
小石にゆるせば
むらくもの笑み
やわらかな風
舞う鈴の音に
身を尽くし
舞う鈴の音に
語り部は
なる
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左目が宝石を映すなら
右の目には
砂つぶを
片耳があしたを聞いているなら
もう片方で
還らぬ日々を
此処が、いま
過ぎゆくすべてに挨拶を
迷わぬつもりが
いつしか独りきり
まんなかは見晴らしが良くて
寂しさをつぶやけば
行き場もないまま
とけてゆきます
いまが、此処
なるべく
痛まないようになら
開けてしまえる身だけれど
そんな事実は
にせものだと言われてしまいそうで
なんだか
怖い
おなじ畏れを持つのなら
他人はどこまで
他人でしょうか
鏡の前です
きょうもまた
いいえ
或いは向こうでしょうか
あしたも昔も
みがいては
みがかれて
右腕は自分
左腕も自分
守っているような
閉じこめているような
欲しい答に
はぐれています
此処で、たくみに
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しずくが微笑めば
そのつど国は
虹色に
音階はわかりません
でも
それは
いつか憶えた
果実と似ています
ひかりの器には砂漠を
おだやかな午後の
頬杖が
かなしみに怯えない
かなしみであるように
つばさの先には
うたがいを
ほら、ラフレシア
ツンドラの月を
迎えましょう
そのままで
そのままをすりぬけて
もて余すものは髪に乗せて
足りないものなら
つめの隅々まで言づけて
送りましょう
おおきなふねを
地球儀まで
贈りましょう
ワインのコルクを
雪降るそらへ
時刻にも時刻がつきもの
どうぞ
お忘れなく
確かめ合うための
ちぎりの姉妹の
在ることを
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みぎてと
ひだりては
まったく違うけれど
まったく同じ
それは
重ねたかたちではなく
重ねようとする
その
こころのなかに
あらわれる
水を掬う両手は
かならず
わずか
こぼしてしまうけれど
そこから川は
ゆくのかもしれない
至らなさとは
おろかさを間違えること
風や海や星たちに
誰も
際限なく
こたえることはかなわない
おろかさとは
そそぐものを
あふれるものを
そのままにしておかないこと
ありのままを
ありのままに
誰もがきっと分水嶺
頂上高く
そびえることは
かなわなくても
両手を重ねたかたちを知れば
流れは絶えず
よどみなく
誰もがきっと分水嶺
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とじゆく風にひらかれて
それがあるいは逆だとしても
なおさら地図は
紙切れとなる
吐息はつまり消える熱
硝子に映る秒針を
遠ざけるものは
いつでも
そばに
こまやかな星座の
その呼び方を
失う痛みはもう聞こえない
感傷を
わすれるための感傷は
ささいな温度で
にわかに
とける
十一月はバラード
惜しむ隙間もなくした雑踏で
きまぐれな鍵が
ひとり
遊ぶ
十一月はバラード
なりゆきの人たちにも
避けたかった人たちにも
とべない翼が
降り積もる
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このゆびを
のぞんで降りたきみですか、
しずかな熱も
いそぎゆく風も
そのゆくすえは
つながってゆく気がして
荒れたくちびるを、恥じらう
ふゆです
やさしさは
なつかしさだとおもいます
つつまれてみたり
渡ったり途切れたり
いつか、
だれかの季節を告げるような
やさしさは
なつかしさだとおもいます
思い出せるさくらはいつも
ひんやり、ふわり
きみを
雪、と呼ぶことに
まだまだ不慣れなあおです、
ぼくは
ねぇ、姫君
肩幅のぶんだけ
つまずいてみせてもいいですか
髪と瞳と肌だけは
きめられたいろ
かくせぬ弱み
このゆびを
のぞんで降りたきみですか、
うちとけたなら
雪の香、はらり
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嫌われることに震える両手は
ひとを切らずに
済んだかい
置き去りの身に震える素足は
ひとを捨てずに
来たのかい
おそろしいものは
いつも
わからないのに
ほんとはわからないのに
水を
含みつづけるのはなぜだろう
かれないように、と
かれてゆくのに
うつくしいものを
見ていたいよね
物語だって
聴きやすいものがいいよね
満たすものをかぎまわって
えがかれる、まる
それは
おさなごのクレヨンの
犬小屋の切り取りとよく似てる
まるとはつまり
鎖だね
研がれてゆきなさい
頑なにつよくなりなさい
鎖を断って
なおさら
まるくなるために
さぁ
プリンはいかが
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ほつれた糸はよるをゆく
いつか
余裕をうしなえば
たやすく降られてしまうから
どの肩も
つかれつかれて
しなだれてしまう
うらも
おもても
やわらかいのに
ひとつのかたちを覚えることが
ひとつのかたちを傷つけて
よるは
いやしをもとめる窓辺
針はだれかにいたむだろう
暮れてゆく背中と
明けてゆく髪
うつろうたびにつくろうものは
うすごろも
火をまとう鳥
ほしわたる舟
くもをぬく枝
うみつつむ砂
声のいのちは
いつもだれかの声のなか
ひびく隙間はなおうつくしく
うすごろものかなしみは
まことの流れにおぼれゆくこと
ほつれた糸はよるをゆく
高貴ないつわり
その長雨
に
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くちびるは濡れるから
ことばもいつか濡れてしまう
めぐみと呼ぶには
砂ぼこりが多すぎる
古びてゆく壁に耳を寄せたら
わからない音だけが
あふれて
古びていたのは耳のほう
雨の
ほんとうのはじまりには
かならず遅れてしまう
あしもとで草が揺れても
教えているかも知れなくても
ここから遠い駅はどこだろう
もっともいたまず済むように
もっとも長い道のりの
ふかい浅瀬はどこだろう
遠雷がひとつ
つもりはなくても聞いてしまう
拒むつもりもないけれど
それゆえ距離が
気にかかる
遠雷がひとつ
だれかが灰に変わるなら
それだけで晴天
ただそれだけで
ふるえる瞳に音はなく
知らない帰路がまっすぐ滲む
あかるい闇はどこだろう
咲けない傘を
かたわらに
待つ