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千波 一也の部屋  〜 投稿順表示 〜


[597] 家路
詩人:千波 一也 [投票][編集]


買い物袋から

オレンジが転がったのは単なる偶然で


私の爪の端っこに

香りが甘くなついたのも単なる偶然で



果実が転がり出さぬよう

そろりと立ち上がった頭上に

飛行機雲を見つけたことも

そう、

単なる偶然



あの真っ直ぐな白さを残した人々が

どこへ向かったのかはわからない

でも、

きっと

そこには幸せがあるように思えてならない




オレンジの輪郭は瑞々しいまんまる

単なる偶然は

とても手のひらに優しいかたちをしているのだ



やわらかく匂い立つ、街路樹の横

風は優しく背を撫でる



私の家の待つ方角へ

風は優しく背を撫でる



2006/09/09 (Sat)

[598] 微香性
詩人:千波 一也 [投票][編集]


四六時中の想いは

必要以上に

君と僕とが不可欠だから

必ず壊れてしまうよ



はぐらかそうって魂胆じゃなくてさ

短命に舌鼓は

哀しいなって思うんだ



ほのかに香る想いをかぎ分けながら

長生きしたい



思うんだ



2006/09/09 (Sat)

[599] 清流
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わたしがむやみに数えるものだから

蛍はすべていってしまった


わたしが思い出せるものは

ひとつ ふたつと

美しい光

いつつ むっつと

美しい光

けれどもそこに温もりは生まれない

わたしはきっと

誤ったものに魅せられていたのだろう

蛍はすべていってしまった



あまい水 にがい水

わたしのなかには

静かに

密かに

渓流がある

あまい水 にがい水

天上の月は

おぼれるわたしを

鋭く

照らす



まことの川はすべての水をたぐりよせ

まことの川はすべての水をつつみこむ

蛍はすべて まことの川へ

蛍は

すべて

いってしまった



夏の巡りは

無限の軌跡をたどるが故に

どれもこれもが一度きり

この夏も 

その夏も 

あの夏も


わたしだからこそ 歌える夏があり

わたしだからこそ 

歌えぬ夏がある



わたしの胸の温もりが

正しくうたに解けたとき

許しの川は見えるだろうか


蛍の光をかたわらに


命の光をかたわらに




2006/09/09 (Sat)

[600] ミラーハウスで
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ミラーハウスで求め合わないか

前と

後ろと

右と左と

斜め、っていう曖昧な角度も加えて

つまりはすべて



求め合う姿はすべてに映るさ

求め合うふたりに

すべてを魅せるさ



理性なんていう逃げ道は

僕の腕で塞いであげるから

本能の瞳で

覗いてごらん



揺れて揺られて、なかなか焦点の合わない姿


きっとそれが

愛の答で

求め合うちからの凄まじさの前では

はなはだ無力な存在なのかも知れないね

でも、

だからこそ知っておくべきじゃないか


ミラーハウスで求め合おう



唯一、床には何も映らないけれど


営みの痕が

そこに生まれた時間を

証明してくれるはずさ


物知り顔で

穏やかに

そう、

水鏡の気分で




2006/09/09 (Sat)

[601] 履歴書
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幼い日々などというものは

これまでも 

これからも

全く変わりありませんので

特筆いたしません



或るときから

うたに喜ぶようになって

泳法はままならずとも

流れゆく日々

なのです



ことこまかな日付たちの向こうに

そんな潤いを

見出して下さいますか


それもかなわぬ紙切れならば

どうぞ破り捨てて下さい



せめてもの代わり

即興にて

うたを一篇お渡し致しましょう



2006/09/09 (Sat)

[602] 淡い味だね
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君は変わったね


同じことを君が言い出す前に

キスをしよう


全てが始まったあの日を眺めながら

全ての終わりを語る唇を

塞いでしまおう


傾く船にはもはや 救いの手立てが無くて

僕はただ

僕だけを救っていたよ

何が望みだったのだろうね



映画のあとにはいつも

君を強く抱き締めて

ドリンクの氷は

音も無く溶けていた



胸によみがえる響きは一つも無いよ


吸いかけのタバコが

鋭い無音で灰を落とす

毛布の色が今夜は妙にあたたかい



僕が眠るまでそこに居て

君はおぼろに

そこに居て



冷蔵庫の中身はご自由に

淡い味かも知れないけれど


冷蔵庫の中身は

ご自由に



2006/09/09 (Sat)

[603] うたの掟
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わたしは 生みの親だもの

おまえが憎いわけは ない

けれども わたしは 手を貸さない


さぁ

潔く 心地良く

羽ばたいて ゆけ



誤解も あるだろう

嫌悪も あるだろう

けれども ときに 融合がある

誰かの鍵穴 に

ぴたり と はまることがある



おまえ が

ひとり で

おまえだけの ちから で

そっと開かれる扉が きっと ある



わたしは 此処で

じっと 耳を傾けていよう

おまえが 迎え入れられる瞬間に

じっと 耳を傾けていよう




わたしは 生みの親だもの

おまえが憎いわけは ない

けれども わたしは 手を貸さない



2006/09/09 (Sat)

[604] 思い出せる涙は
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思い出せる涙は

すべて

私のせいであるが故


思い出せる涙は

なんとか上手く 

こころに

収まる




思い出せぬ涙は

だれのせいであったか

どんな色であったのか


そもそも

流れた事実が 

確かであったかどうか



私は身を温める術だけに長けてゆく




思い出せる涙は

すべて

そう、すべて



思い出せる涙は

すべて

私のせいであるが故


2006/09/09 (Sat)

[605] ガードレールで夢を見た
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排気ガスの向こうに

こころだけを投げ出せば

いつだって僕は風になれる

鳥にだってなれる



部屋に戻れば

やわらかい布団とあたたかなシャワー


守りが約束されているのなら

夢には

限りがないね



だから

今日も

加速の音だけを聴いている



ガードレールで夢を見た



束の間だけ

守りを忘れてしまうことが出来るから

都合良く

忘れてしまうことが出来るから


もっともらしく夢を見た




2006/09/09 (Sat)

[606] 硝子工房
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むらさきいろの透明グラスは

この指に

繊細な重みを

そっと教えており

うさぎのかたちの水色細工は

ちらり、と微笑み 

おやすみのふり



壁一面には

ランプの群れがお花のかたち

あの狭い部屋のなかでも

こんなふうに育つだろうか、と

腕を組む



フロアに匂うキャンドルの灯りは

しずかに

したたかに

この足を地上から浮き立たせて

「もうしばし」と

ときを盗んで 

たしかに燃やす



頬と 

髪と 

瞳と

なにいろにも染まり馴染んで

胸と 

耳と 

声と

かるくするどく

溶けてゆく



運河を渡る 風 一陣



人波の

おだやかな紅潮が

もうじき夕陽と

ぴたり

重なる



2006/09/09 (Sat)
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