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千波 一也の部屋  〜 投稿順表示 〜


[638] 壁画
詩人:千波 一也 [投票][編集]


頬を追い越してゆく風と

手招きをするような

まばゆい光

目指すべき方角は一つだと信じて疑わず

出口へと向かって

足を運んでいたつもりだった



不思議だね

振り返ることは敗北ではないのに

不思議だね

約束事のようにいつも

背中では

沈黙が守られていた

穏やかな温度でいつも

沈黙が守られていた



遙か前方でまばゆい光は

そこに向かう視線を容易にすり抜けて

歩みの後方で

やわらかに溶けてゆく

そう、

優しく広く後方で

溢れている光の在ることを

誰もが容易に忘れてしまうのだ

どこへと向かって

足を運んでいたのだったか



振り返る道の両脇にそびえる壁には

無造作に

絵図が浮かび上がる

胸に溢れる懐かしさは

記憶のなかに透けてゆく約束の

一つ一つに名前をつけて

少しずつその肩に

味方を増やしてゆくのだ



はじまりはいつも

浮遊をしたがるから

意味を忘れるその前に

記しておこう



足を休ませながら

優しい名前を



2006/09/09 (Sat)

[639] 冷たい雪の降る夜に
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冷たい雪の降る夜に

わたしのからだは凍えてゆくから

わたしのからだは

小さくなる

わたしはわたしを抱き締める



冷たい雪の降る夜に

わたしのことを

わたしのほかに

包んでくれた誰かのことが懐かしい



あたたかさには

種類など無いのかもしれない

それほどまでに

わたしは小さく

わたしはよわく

仕方のない命であるのかもしれない



冷たい雪の降る夜に

凍りつくわけでもなく

果てゆくわけでもなく

わたしのなかに

確かに宿るあたたかさを

わたしは

見つける



わたしをここに

成り立たせている

かけがえのない守りを

そっと

知る


2006/09/09 (Sat)

[640] ゴールド・ラッシュ
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僕のからだの内燃機関は

なにを動力にして

ここまで

走らせ続けてきたのだろう



西日はいつも眩しいね

僕の手が掘り出したいものの

手がかりを

きっと

西日は知っている



得たものは数知れないけれど

失ったものこそ数知れない

僕は本当に

指折り数えられないんだ

そんなときでさえ

僕のからだの内燃機関は

休むことをしない

汗が

汗だけが

感触を確かに

伝い落ちてゆくんだ




空をゆく生きものの名は 鳥だと聞いた

海をゆく生きものの名は 魚だと聞いた

それならば 僕の名は

どこに生きているのだろう

そして

誰がそのことを語ってくれるのだろう



僕の疑問はどこまで許されて

僕の疑問はどこまで解決されてゆくの か


ただ確かなことは

西日の眩しいことであって

そんな日々を

僕は幾つも知っているということ

それだけだ


2006/09/09 (Sat)

[641] 桜残照
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しずくのことは

一輪、

二輪、と数えあげたく

青空ならば頷いてくれるだろうか と

躍らせた髪



真昼の月の通い路と

銀色乗せた浅瀬の流れは

中空で いま

十字を結ぶ



かたちを選ばなければ

不可視とは無縁なはざまで

祈りは

こんなに美しい




氷と雪との深い眠りを

妨げぬ色で鳥たちは啼き

氷と雪との深い眠りに

障らぬ色で獣は駈けてゆく




鮮やかな言の葉に

慎ましい光を添えながら

滅びを見据えて

あまたに 芽のほころぶ季節


ひらく、

ゆれる、

かおる、

謳歌の舞台の

そのはじまりは

いずれの花の彩りか



七色含んで割れそうなしずくは

いずれの花に

零れるか




2006/09/09 (Sat)

[642] 占星術
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矢継ぎ早に

新月は降り注ぎ

縫い針がまたひとつ

遠雷に濡れている



吟醸の名を濁さぬ盆は

薬指だけの浸りに あかるい焔を映し

無言の岸辺を満たすのは

衣擦れの波

鈴なりの






風の旋律が過ぎるとき

水の揺らぎは紋様となり

瞳の数だけ姿見は

その透明度を

ただ 募らせてゆく

かくして

碑文は護られる




もみじの錦は 不易の標

こおれる大河の 螺旋の枕

ぬかるむ土に 栄枯の砦

眠れる貝は 星夜の 縮図



四季を奏でる歯車に

刻字は彫りを深くして

その痕跡の石のかけらは

種へと宿り

路傍の随所に

繚乱す




2006/09/09 (Sat)

[643] 霧雨
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絹のような 抗いがたい量感に

涙さえも濡れてゆく



霧とよぶには 重たく

雨とよぶには 軽く

そこはかとなく

命名を拒むような

その 結界に包まれて

記憶の軸も同様に

遠退いてゆく




かよわい諸手の支える傘に

凌げるちからは ある筈もなく

涙一つもまもれぬ瞳に

頼れる軒は 映る筈もない



潤いは

どこか足枷に似ている

傾けた耳を入り口に

時は駆け抜けて

それゆえ寄る辺は

なおさら

遥か



しばらく

このまま囚われていようか、と

曇天の道筋を探る

吐息もろとも 攫(さら)われてゆく


しずかな

しずかな

潮騒に



2006/09/09 (Sat)

[644] アトリエ・スロウ
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砂時計という名の幽閉を

描くべき色彩に

迷い、

指先一つで 幾度も 幾度も

ながれを

もてあそんで

みた




日没とは

未完の代名詞であることを

証すべき 旅路の

方位を委ねる羅針盤に

相応しい台座の高さを

思案しながら

黎明の刻を

むかえて

みた




架け橋としての虹

いや、

龍神と見紛う走り



主題無くして泉は溢れる

或いは真逆か

にわか雨にあらわれた

二つの顔を 思い出せる限り

ならべて

みた



ここはアトリエ・スロウ


時の

許しも

拒みもない




ここは

アトリエ・スロウ




2006/09/09 (Sat)

[645] 初夏
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初夏の陽射しは 便りを運ぶ


宛名も消印も

差出人も

見当たらないけれど

懐かしさという

こころもとない手触りに

わたしは ゆっくり目を閉じて

紫陽花のさざなみに

いだかれる




風の軌跡は たて糸よこ糸

それとは知らず

紡がれる胸 

つながれる指




適度な温度の揺りかごに 浅くまどろみ

定義のさなかの

その 

夢をさすらいながら

白日の照る丘の上

的を外さぬ弓使いの 真っ直ぐな流れの

やさしい黒を

みつける



日記はいつも 草稿のまま

未完である とか

稚拙である とか

冷たい水に泳ぐ姿ではなく

寧(むし)ろ

ゆたかな景色の

そのために



日記はいつも

草稿のまま


2006/09/09 (Sat)

[646] ネイビー・ストーン
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いつものように

午後をあらいながら

うつむき加減に 軽く

雲行きを確かめる

それもまた いつもの事だけれど

その

始まりの日を憶えていない



寒暖の差を道として 風は渡る

よろこびと かなしみとが

偏りなく在ればいい

流れ過ぎるものたちの 透けているわけが

寒暖の差の

一色ではない事を

示すものであればいい



昔、

いたみは容易だった

泣いても泣かなくても 済むような

いたみは容易だった

けれど今、

忘れる事に慣れた目に

あわせ鏡は 無限に歪んでゆく



停まっているのかも知れない

祈りと

願いと

たくさんの方角に向かって

停まっているのかも知れない



終わりを厭いながら

それでもなお

転がって



2006/09/09 (Sat)

[647] ノスタルジア
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この路地裏の

アスファルトのひび割れは

どこかの埠頭の 

それと 

似ている


相槌を打ってもらえる筈が

ここにあるのは

頬を刺す風




見上げる雲の隙間から

一筋の光が降りて

背中の翼の

名残が

疼く




向かうところを持たない言葉は

幻のいのちとしての 純度を高めて

いつか 旋律になりたい、と

切に願う




結晶に包まれている、と憶えてしまうことは

とても哀しいけれど

さもなくば

形はますます 元を忘れてしまえるから

ひたすらに鋭く

結晶を好む




続いて止まぬ語りの袖に

夕日は映えて

独楽くるり



おそらくは

傾くものの総てが

時刻を正しく数えるのだろう




風は吹く

触れたかも知れない、という

まったく美しい 

劣等のなかを

風は吹く


2006/09/09 (Sat)
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