詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
水は途絶えを忘れる薬
波を待ち望む青年や
イルカを愛する少女の瞳
波うち際に揺れる小舟や
小高く揺れる果樹の枝
彼ら
彼女らの
その目の海は
わたしには見えない
けれど
水は途絶えを知らないゆえに
わたしはその海を
知っているのだ
見たことのない海は
幾らでもある
なんとも絶望的なその裏に
知っている海もまた
幾らでもある
クルスの形に腕を組み
船頭のいないゴンドラで独り
こころを運ぶ波を迎える
水に生まれた者として
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付け足されてゆくことがあって
それはとても
喜ばしい
差し引かれてしまうことがあって
それはとても
痛ましい
あなたの暮らしは
わたしの暮らしでもあり
わたしの途は
あなたの途でもあり
日々の価値は淡々と
プラスマイナスで片づけられてゆくのかも知れない
ただ
幸か不幸か
わたしたちは計算機ではないので
プラスが続けば不安になるし
マイナスが続けば支えにまわる
プラスマイナス
その計算の先にある答はいつも
ウィズ
一日一日がとても愛おしくなるような
誰からも教わらない
おのずと覚えてゆく魔法の公式
付け足しながら
差し引きながら
幸せとの待ち合わせを高らかにうたう
あなたとわたし
プラスマイナス・ウィズ
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白鳥が飛来していた
初雪の予感漂う十月下旬
懐かしい湖面に
白鳥が飛来していた
渡りは
これから本格的になるのだろう
湖面には
ぽつりぽつりと
数えられるほどの小さな群れ
ひとあし早く訪ねてきた
雪の色の鳥
初雪まであと幾日
冬はすぐそこにいる
初雪まであと幾日
指折りした数を解いてゆけば
降るかも知れない
そんな気がした
吐く息の白さは束の間に消えてゆく
何も投影せずに
束の間に消えてゆく
胸の内は
うまく整理できただろうか
少なくとも
私が吐き出すものは
外気よりは温かいということ
それだけが事実
もう間もなく雪が降る
有無を言わさず総てを止める冬が来る
湖面の揺れも
あとわずか
舞い降りる冬の向こう側に
渡りの季節の
春がみえる
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なんにも無いところから
花が咲くわけなどないのに
私の目はいつも
開いた色しか見ていない
綺麗な色しか見ていない
いつのまに咲いたのか
どうやって咲いたのか
質問したなら
どこまで教えてくれるだろう
何が栄養だったのか
何が必要だったのか
質問したなら
どこまで教えてくれるだろう
痛みはそれほど
痛みではないかも知れない
苦しみはさほど
迫るものではないかも知れない
いつも
私の意識のそとで
花が咲くように
日々の喜びは
蓄積されてゆくのかも知れない
日々の温かさは
蓄積されてゆくのかも知れない
一年の後にふたたび
花が咲くように
命のうえに咲き誇る
花を見つめて
私の頬にはくれないの色
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秋風が冷たくなってゆくのは
赤々と燃える炎を
鎮めるため
山から道へ
道から軒へ
軒から海へ
秋風は
休む間もなく吹きぬけてゆく
そうして
暦に目を留めた誰かが
山が燃え始める頃だと思い当たる
分け入れ 分け入れ 獣道
嗅ぎ取れ 嗅ぎ取れ 秋の風
生まれながらにして人間は
その目に弓矢を持っている
葉の命が朽ち果てるその前に
射抜け、ひとひら
射抜け、ふたひら
束の間の美の頂点に立ち
見おさめられた者だけが
艶やかに
ゆるりと
枝を離れる
狩りの狼煙
葬送の炎色
紅葉は赤々と燃えて
日毎に秋風を冷たくさせる
鎮魂の山林には今日も
誰かの足音がする
枯れ葉を砕く足音がする
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記憶の糸を手繰り寄せれば
大樹にそよぐ
風の音が
聞こえてきます
忘れることも
留めることも
おそろしく容易であるので
誰もがその指先を
震わせてしまうのでしょう
昔、愛したひとがいます
そろそろ口癖も忘れました
が
昔、毛嫌いしたひとがいます
下の名前を思い出せません
が
昔、夢を語ったひとがいます
すでに消息は不明です
が
願いが叶うのならば
いまいちど
再会したいものです
笑顔で再会したいものです
おそらくは遙かな隔たりのある空のもとで
わたしは今日も
記憶の糸を手繰り寄せます
会えるひと
会えぬひと
もしくは
会わぬひと
今年もいつのまにか実りの季節
霞んでも
薄れても
あの日の体温だけを指先に思い出しつつ
願いはいまも
ただ一つ
わたしの名前も
ただ一つ
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「す」よ、住め
「や」よ、住め
す すめ、も や すめ、も
あたたかし。
「す」よ、澄め
「や」よ、澄め
す すめ、も や すめ、も
ほら
やさし。
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星々の明るさが際立ちます
夜気がひんやりと
澄み渡るらしく
星々の明るさが際立ちます
されど
星々はつねに燃えているのであって
なんの労苦もなく輝くものなど
在りはしないのであって
寒さに震える季節なればこそ
灯りが目につくようになった
そういうからくりでは
ございませんか
そら、
月を取り巻く薄雲が
煙に見えたりしませんか
道のしるべは 今いずこ
あなたのおもむく理由をお尋ねします
道のしるべは 今いずこ
あなたの帰り急ぐ理由をお尋ねします
夜通し鳴いていた虫のかげは
消え果てて
道のほとりには霜の白
或いは
灰の白さかも知れません
誰がたやすく
それを
否められるでしょう
霜の白
灰の白
夜道に見上げる星々の明るさに
口を開けば
吐息も
白く
間もなく花が咲くでしょう
その身を熱へと かえしゆく
真白き花が
咲くでしょう
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雲ひとつなく秋晴れの空
父の運転で越えていた峠も
いまならば
自分の運転で越えられる
アクセルの踏み加減でスピードを調節
ブレーキなんか踏まない
でも
思いの外カーブは厳しいから
苦笑いで
ブレーキを踏む
雲ひとつない秋晴れの空は
限りが無さそうで
どこを見つめていれば良いのか
不安になってしまう
いつか空に手が届く
そう信じていた日々
伸ばした腕の指先は雲に触れる
そう信じていた日々
タバコの煙を逃がすために
開けていた窓の隙間から
冷たい風が入り始めたのは
午後三時
十月の夕刻は始まりが早い
西日の眩しさに
顔をしかめながら握るハンドルは
西行き
まだまだ旅の途中
太陽の光を街灯が受け継ぐ頃に
天高く
星々は光を放つだろう
雲ひとつない秋晴れに
天高く
星々は命を燃やすだろう
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嘘つきだった君を剥がしてあげよう
昼間のシャツは
白すぎたんじゃないか
夕飯のサラダは
潔すぎたんじゃないか
嘘つきだった君を剥がしてあげよう
すべてを明け渡して
はだかになった姿は
眼球の奥に 銀を灯す
ふたり
急ぎ足で溺れてゆく
健気な暮らしは 嘘か 真か
ひとつ、剥ぐ
今宵の素振りは 夢か 現か
ふたつ、剥ぐ
うそぶく事も 見抜けぬ事も 等しく罪
わからぬ事も もとめる事も 等しく罪
ふたりの背後に業火が揺らめく
女は
像として剥がれておちて
男は
原始の森の獣のように
炎の不思議に汗にまみれて
知らず知らず 身を削る
漆黒の夜は
星々を常に新しく輝かせるのだ
まるで
芸術家の面持ちで