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千波 一也の部屋  〜 投稿順表示 〜


[668] 祈りを土に
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祈りを土に捧げましょう


記憶は

ひと知れず育ってゆきますから

たくさんの道で迷えるように

そのぶんしっかり

戻れるように



空を翔ける翼のない者たちは

すべての責任を

空に負わせる夢に焦がれます

けれどもそれは

はじめから

悲恋でありますので

この手と足と

ほどよく疎遠な土にこそ

日記を預けてみませんか



気が向いたならいつだって

四季の温度をすぐそこに

かよわい手のひらで

確かめることがかなうように

過ぎ去った総ては

思いのほかに思うがまま、です



祈りを土に捧げましょう


空ではなく

星ではなく

海でもなく

時計はもっと身近なところへ



ひと知れず育ちゆくものを

ひと知れず守りゆくため

祈りを土に捧げましょう


2006/09/12 (Tue)

[669] 十六夜
詩人:千波 一也 [投票][編集]


水が割れるのです


いま

指先の銀の引き潮に

水が

割れるのです




うなじを笑い去るものには

薄氷の影の匂い

たちこめてゆきます

たちこめてゆくの

です




紫色の風呂敷包みには水母が群れています

案じて下さる必要は

微塵もありません

病みが染みついているのは

寧ろ、あか

舌先ひとつで嗅ぎ分けて

此処まで辿り着いたつもりです



鉄の肌触りに濡れている夕刻が

ながらく凪いでいた岩礁の果て

そろり、そろりと

爪を研いでいます

その耳を丁寧に閉じて

みてください



ほら

指先の青の満ち潮に

雨が誘いをかけています


傘を持たない灯籠は

そうして土へと溶けてゆくのです




涙の全てに優しき羽を

柏手一つで流れるように

涙の全てに

優しき羽






黄色の小花の表門にて

うつむく瞳を

小指で持ち上げます


いま

吹き閉じてゆく

雲の真下で



2006/09/12 (Tue)

[670] 座礁
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きれいな若者たちが

無惨な船首に触れるとき

潮騒は

永遠の座を退こうとする



これまでもこれからも

財宝は

何一つ約束を交わさない

けれどもそれは

語り継がれず

求めるこころの火種は絶えない




広げた地図と海図とを

なぞる指先も あつい視線も 食いしばる歯も

やがては

白く 

風の番人となり果てる

非力なゆめをさすらいながら

誰にも解されぬうたを流し続けて

それは

永遠の憂い

或いはよろこび




輝かない月は

闇夜をしずかに汲み上げて

潮騒は

沈黙の賢者の称号に戸惑う



繰り返すことは純粋な誤り




旗のような帆のような

痛々しい布が風に揺れるそのたびに

岩場は波を打ち砕き

鏡のおもてを湿らせてゆく



終わりはつまり始まりであると云う




2006/09/12 (Tue)

[671] ノクターンには逆らえない
詩人:千波 一也 [投票][編集]


おのれの呼吸が

一つの音であるということ

それは

あまりにも気づき難くて

ともすれば

日々の暮らしの意味さえも忘れてしまう



月の満ち欠けは

暦の通りに

全く正しく空に映るのだから

今宵の嘆きがあざやかな理由も

どこかで必ず

守られているのだろう

たとえば

廃屋の書斎の明るい奥底に

わたしだけの暦は

全く正しく

待つのだろう



静かな夜にたたずむ月は

簡単に滲んでゆきそうな

やさしい花を見せているから

思わず瞳を伏せてしまう

その視線の先には

爪が淡く

潤っているのだけれど



砕ける音を望みはしなくとも

まぼろしが賑やかな夜の浅瀬では

淀まぬ流れたちが

懸命に溺れようとしており

澄んだ音色が響き渡る


硝子の箱のなかを溢れゆくように

響き渡る




わたしはけだもの


独り、拳を握り締めながら

ただノクターンに身を寄せている



逆らえない

この加減ではまだ逆らえない



魂のやすらぎを求めてやまず

醒めても

眠る



わたしはけだもの


2006/09/12 (Tue)

[672] 風船のあふれる部屋
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ときには

顔を真っ赤にしながら

たくさんの風船を膨らませてきました


割れたものも

木の枝から離れなかったものも

見知らぬ空や海の彼方へと流れたままの

ものもあります



それは

片一方の話です



思いっきり吐きだした空気は

同じぶんだけ

こころのなかに戻りますので

風船はいつも

かならず、ふたつ



直接に見えはしなくても

風船の住まう部屋が

こころのなかに




あどけないピンクと

もどかしいブルーと

したたかなグリーン



いつまでも色あせることなく

懐かしさの温かな部屋に

風船は満ちて

揺らいで



あやうげなオレンジと

すずしげなパープルと

かろやかなイエロー



正確な日付は自然と忘れてしまいますが

色合いひとつで察しがつくでしょう

どうぞ心配なさらず



やわらかく

ひとみを閉じる日々を続けてゆけば

かならず時計は

笑んでくれます


だから、ほら

あふれさせてゆきましょう



限りのある狭さに

風船たちを

深呼吸で


2006/09/12 (Tue)

[673] 私はレールを敷き詰める
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どこへ続くかなんて知らない



呟きながら

レールを敷き詰める私


そのレールを通るのは

私ではなく

どこかの

誰か



私の役目は

それを眺めて

続きの途絶えを防ぐこと



不思議ね

私、一度も不安になったことが無い


思えば

いつでも余裕な気分で

レールのかたわら

まるで

誰が通るのかを知っているような




明日は見つからない

確かに見つからない

けれどもそれは

手が届かないという意味であって

だからこそ

私の不思議は救われるような気がするの




私はレールを敷き詰める


微笑みの指先

かろやかな

リズムの

面持ち




2006/09/14 (Thu)

[674] 地獄に一番近い島
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風の手触りなど

いくらでも描けてしまうように

わたしとあなたの

輪郭は

ありふれた景色なのかも

知れないけれど

戯れることの

ひとつ

ひとつに

やわらかく透ける名前があって

眠りつくひとときの

温度にこそ

たやすくほどける数字があって

この島国は天国に一番近い



甘いことも

苦いことも

曖昧な区別の両手に掬いあげて

すべての過去は幸福に

したたる

そうしていまが

明日へと続く

掴めそうで掴めない尾のような

ひとすじが

流れる



わたしたちは

未来を知らされていない代わりに

夢見るすべに長けている

うるおう言葉を

互いの肩にのせ合いながら

一分後の笑顔から順番に

約束は

ゆるやかに

姿をあらわしてゆく

それは

光を告げる朝露のような



いつか時計は

何事も無かったように止まってしまうけれど

静かに壁と寄り添うけれど

月を眺める万人の

眼差しは永くやさしいから

そういうふうに

扉をなぞれたらいい



頼りもなく

一分後までの命だとしても

未完のうたが

続きを

呼び止まぬ限り

ふたりの記憶を探しに往こう



空には星の明滅、地には砂塵の渦


たやすく記憶はすり替わるから

指を結んで

輪のふところへ



不意に踏み外したその先は

あまりに非力なふたりにとって

必ず

地獄で満ちるだろう



それでもなお

この島国は天国に一番近い



2006/09/14 (Thu)

[675] 久しぶりに微笑んだ
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のら犬がいた


そいつは

安全な距離を保ちながら

一生懸命にオレを吠えた

かるく

しっぽが揺れていた

もとは白かっただろうに

よごれた茶色が寂しかった



砂利道にしゃがんでみたら

そいつは少し警戒をした

どんな目に遭ってきたのだろう

しっぽを揺らしながら

吠える声色が

少しばかり確かになった



ふと思い立って

買ったばかりのパンを取り出した

今夜の貴重な食料なのだが

まぁいいか、と袋を開けた


のら犬が首をかしげたような気がしたから

かるく

パンを放り投げた

ゆっくりとそいつは寄ってきた


嘘くさい茶色を

リアルな茶色が

静かにかじる


触れようとしたら少し驚いたが

触れてしまえば

おとなしかった




夕陽もそろそろ居なくなる頃に

そいつは何かを聞き届けたらしく

片耳をピクッと立てて

与える物の残っていない人間から離れていった


振り返ることもせず



現金なやつだな、となんだか笑えた


ところで今夜は何を食べようか、と

あるはずもない選択肢を掘ってみる



自由気ままなギブ・アンド・テイク

鼻歌なんかを楽しみながら

久しぶりに微笑んだ



2006/09/14 (Thu)

[676] 手は届かない
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手は届かない

だから

わたしは指をくわえる


手は届かない

だから

わたしは素直にのぞむ


手は届かない

だから

わたしは

ポトリと落ちた果実をよろこぶ



非力な諸手で果実を拾い

非力なアゴで果実を

砕く

したたる果汁のペタペタを

くすんだ白地の

ハンカチで拭く




そらではゆっくり雲が流れて

あおの湯舟は

陽で満ちて

ゆく




道のほとりにわらう小花は

すぐにも

摘んでしまえるけれど

真昼のほしを

そこにみたから

香りだけを

そっと

髪にのせて




ひとみを誇るわたしは

ちいさい

うたを続けるわたしも

ちいさい


だから

わたしは

しあわせになろう



手は届かない

だから

わたしは

しあわせになる



2006/09/14 (Thu)

[677] 川霧
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逢うことは必ずしも救いとならない


つかめない泡のなかで

幾百の約束は

いさぎよく果てるためだけに

咲き誇る



散りゆく夜の

風たちは

雨に満たずに群れをなす

寄る辺をしずかに願いながら

それは

ひそやかな高潮となる


  
  橋のたもとは始まりか
  
  褪せた花弁は最果てか



放る言葉はみなもを跳ねて

かたちを為さない魚が還る



暗闇は

透き通るものたちの安住の浅瀬

はぐくみのかご



統べての根源の水のあそびに

馴染んだいのちは

尾を忘れゆく




見境もなく溢れてゆくものに

心地よく溺れてしまえるのならば

濡れてゆくことに

たやすく震えはしないだろう




  川霧の向こうに向こうがある



乞い続ける姿のおぼろさは

いずれの刃にも屈することなく

可憐な傷口と

その芳香のなかで

しるべに詳しい迷子を重ねる




  辿りつき得ぬ暦が増えてゆく



逢うことは必ずしも救いとならない

けれど

辿りつき得ぬ暦は消えてゆかない




  川霧の向こうに川霧がある




2006/09/14 (Thu)
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