詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
檻の中に
いるのだとおもった
どこまでも許しを必要とせず
満たされつづけるような
海に吹かれて
さびしさを紐解けず
絡まっていた
慣れてしまえば
失うことは怖くない、さほど
得ることに慣れたなら
はかり知れぬ不幸が
みえる
気がする
人は
何故にゆだね合うのだろう
大切なことを隠し通して
堪えきれなくなるまで
隠し通したつもりで
何故に
ゆだね合うのだろう
降る雨を待つことも
降らない雨を待つことも
やがては消える、という点では同じ
そして、同じがゆえの
差異がある
その差異の一片が
ことばで
ことばによって人は
孤独を深めて
ゆく
愛することに疲れても
そむかれても
報われなくても
それらを越える一点の
力に伏して
孤独をみつめる
孤独を口にする
孤独をともして
ぬくもる
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三月の晴れ間に舞う
ひとひらの冬
勢いもなく
威厳もなく
すぐにもそれは解けて
どこから来たの、
どこへと行くの、
たずねるいとまも無く
お別れになる
けれど、
帰るべきところへと
帰ったのだろうと思われる
きっと、
やさしい身内のもとへ
戻ったのだろうと思われる
もうじき春が
あふれ出しそうな頃に舞う
ひとひらの冬
それはあまりに淡く
いとおしい
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私が私でなくなる日にも
海は変わらず在るのだろう
私が私でなくなる日にも
空は変わらず在るのだろう
私が私でなくなる日など
なんの特別なことはなく
私が私でなくなる日には
誰かが人を愛するのだろう
私が私でなくなる日には
誰かが優しくなるのだろう
私が私でなくなる日など
ほんの些細なしずくだろう
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よばれた気がしてふり返る、と
案の定だれもいない
もう
幾度となく通いつづけた道の途中で
わたしは今日も花を咲かせる
いつかまた
不意に、懐かしく
わたしの足を止めるだろう花を
ここらで咲かせる
そんな
ささいなわたしの傍らを
風は軽やかにくぐり抜けて
きっと
無数の花を
揺らしていったにちがいない
時が咲いている
見るも触れるもかなわなくても
ひとりわかればいい、と
わたしを満たして
笑んでいる
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十分に
勤めを果たした風よ
わたしのなかから
出ていきなさい
真直ぐ、迷わず、信ずるままに
うつくしい音を
連れて
うつくしい
音色となって
あたらしい風を
迎えにいきなさい
やわらかな担い手となる
清らかな和を
めぐりめぐる
自分探しのように
奏でていきなさい
一切を
真直ぐ、迷わず、信ずるままに
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三月の外気は
まだまだ零下だから
白くけむるよ
吐息はみんな白くけむるよ
こちら北海道の三月は
まだまだ桜と無縁だからね
凍えるよ
着のみ着のまま出てきたのでは
凍えるよ
ひとりぼっちで待ち尽くしては
凍えるよ
白いけむりは
生きてる証だからね
おかしな顔でもつくってさ
吹き合おうかね
寒いからさ
せめて
おしくらまんじゅうみたいに
わらい合おうかね
白いけむりが
なんにも証せないのだったら
どんなにか冷たいのだろうね
どんなにか痛いのだろうね
往くことも
退くことも出来ないで
大事なものを
たきぎに代えて
代えざるを得なくて
白いけむりは
燃えていたんだろうね
きっと
待っているのかどうかもわからないで
時間も暦も味方にはなってくれないで
それでも
燃えるしかなかったんだろうね
あの三月も
この三月もきっと
白いけむりになっていくものを
その
けむりを立てるものを一心に
信じながら
呼んでいるのだろうね
見え隠れする春に
すべて
まざりあってゆくよりほかにないような
それぞれの
春に
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わたしの辿った
春を数えていただけの、
それだけで、よかったはずの
とおい春
わたしには
あとどれくらいの春がめぐるのだろう、と
なにげなく指を折り、数え始めた
そう隔たらない春
わたしの命には限りがあるから
春の残りにも限りがあるけれど
在庫を残したまま、ぷつりときえる
そんな運命がわたしを飲み込むかも知れない
在庫など、
あっても無くても同じことだろうか
そんなことは考えずに生きたほうが
幸せだろうか
前を向いて、未来を切り開いて、とか
過去は捨てずに、しっかり抱いて、とか
わかる、けれど、どれも確かにそうだけれど
少しずつ、はぐれてしまっている気がして
何がおきてもいいように
こころを決めて臨む春
でも、この至らなさを立ち直らせる
やさしい階段のような春もほしい
だれか知っているのだろうか
在庫の確かめようを、
あるいは確かめなくても
こころやすらかに暮らせるすべを
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
碧い鉱石を
もう、ずっとながいこと
求めつづけて
彼は
自分が
空に渡っていった
海であることを
憶えていない
※
夕日の熱は
裏切りという罪を燃やすのに
都合がいいから
だまってみてる
誰もみな
紅く凝り固まって
※
圧倒的な氷は
つややかな黒色らしい
そういえば
夜空の星は
黒鍵を弾けばこその
美であったかもしれない
※
とうめいな国に
等級という制度が築かれてから
ことばは難しくなった
それゆえ罰にさえ
透明度がある
※
橙色がつらなると
なつかしさは熟して香る
窓辺に憩う
いのちの浅瀬の豊穣が
つがいのはじまり
羽もつすべての
※
灰は
おそろしくない
何の前触れもなく
灰と呼ばれる日が来るとしたら
それは真実おそろしい
※
往くものと
還るものとが交わって
紫になる
紫は、高貴で禁忌な色であるから
薬になれる
毒にもなれる
※
しろい影になりたくて
なれなくて
しあわせな言葉がひかりに、向かう
お迎えは
こころと裏腹なのだと
※
緑の大地は
なにいろの血を流すのか
知りたければ
おまえの小指を
ナイフでなぞればいい
深い海の底で生きるのが
おまえでなければ
※
金脈を
めざした
夢にも満たない時間の
ひとつぶたち、は
もう
まぶしくて顔がみえない
だけど、かならず
笑んでいる
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てのひらに
ふうわり、と来る
それは
とつぜんに
ふうわり、と寄る
それは
とてもやわらかく
とても軽やかで
ぬくい
手ざわりです
だから
仮に
うとましくても
いまは
来てほしくない、とおもっても
たやすく
この手でつぶせそうでも
それが
やさしさというものだから
報いるべきだと
おもうのです
できるだけ誠実に
有難う、って
伝えなくてはならないと
おもうのです
くるしくても
どんなに
くるしくても
それが
やさしさならば
応じるべきだと
おもうのです
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あなた、悪党ですか
他人を
あざわらっては悔やみ
ないがしろにしては悔やみ、を
繰り返せるような
悪党ですか
あなた、悪党ですか
他人の
たいせつなものを
盗み、砕き、奪い、
いつか
後ろめたさに耐えかねる
良心の
裏返し
ですか
あなた、悪党ですか
他人に
厳しく、冷たく、無慈悲に
やすやすとは
口外しない理由を抱いて
みずからの身を
ぼろぼろにしてまでの
それほどの
信念ですか
あなた、悪党ですか
他人が
生きようとする道だけは
まもり通して
己も
たしかに生きていて
生きるすべてに
底の底では
やさしく頷けるような
いのち、ですか
あなた、悪党ならば
由緒ただしくいてくださいね
その域を
かなしく越えたりしないで
くださいね
どうか
ちいさきものを満たしうる
寓話であれ、と
いのります
あなた、悪党ですか