詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
シロクマの
故郷と隔たるところに
わたしは住んで
いて
シロクマの故郷と
隔たらぬところに
わたしは住んで
いる
ニホンオオカミが
絶えてしまった時代に
わたしは生きて
いて
ニホンオオカミが
今なお咆哮をあげる時代に
わたしは生きて
いる
目の前には展開されない
インドクジャクの
壮麗な羽
時々不意に
目の前に広がる
インドクジャクの輪舞
おそらく
死ぬまで乗ることのない
アミメキリンの長い首
おそらく
死ぬまで乗り続けるつもりの
アミメキリンの高い首
シマフクロウの
ひそかな息づかいを
わたしはそっと遠くから
信じるしかなくて
シマフクロウの
にぎやかな宴のなかに
わたしは夜な夜な
誘われている
サンゴの
無垢なる無言の悲鳴に
すべなく傷むのが
わたしの暮らし
で
サンゴの
勢い豊かな色彩御殿を
懸念なく泳ぎまわる
悠々自適さも
わたしの
暮らし
あなたは
どこで声を発していますか
あなたはどこで
途絶えていましたか
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水と
ひかりと
ささやかな糧とがあれば
翼たちの朝は
まもられて
どれかひとつでも
均衡のくずれる日に
翼たちは
旅立つ
あたらしい朝を迎えるため
一斉に
旅立つ
翼は
個々に
ひたむきに
何千、何万と
羽ばたくのだろう
けして
数えられることのない
羽ばたきの向こうに
たしかな能動を
証して
翼たちは
約束を迎えにゆく
告げる言葉も
告げられる言葉もなく
朝が
わたりゆく
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そっと
指にからめ取る粘液のなかに
胎動のような、ためらいが
ある
たやすくは
秘密裏に動けない総てのものを
固く透きとおらせてしまう
権力が、そこに
ある
良策かも知れない
今はただひざまずいて
弄ばれる身と親しむこと、が
良策かも知れない
月は
今夜も趨勢を謳歌している
御身の記憶を伝授すべく幹を
ぬかりなく定めながら
予定通りに、液化を
護らせている
永く
秀でることのない
謀反の末の手記たちは
とうに、飼い慣らされて
しまった
不服ながらも
離れてしまえない
威風の向こうの緊縛の、告げ口
もっと
微風にまみれてしまえたならば
従順で強欲な粘液が
艶やかさを増す、
だろう
しかと
献上に値する誓文として
無音の衆が、坐す
だろう
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嗅ぎおぼえのある匂い
唾液か、汗か
誓いか、衝きか
嗅ぎおぼえのある匂いが
馴れ馴れしくて
腹立たしい
それなのに
後押しするものがある
割り切らせてくれるものがある
すっきり、なんかしないけど
都合のいい感じが
他人事とは思えなくて
嗅ぎおぼえのある匂い
そこに充満する
予感と悔いと
淡さと健気さ、狡猾さ
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解らずじまいの数式と
実らずじまいの苦い恋
今よりずっと
とがった文字で
それらは書いてある
閉じたノートに
書いてある
なぜにノートは
閉じられたか
理由は書いていない
だから、
ということにして
ノートは
閉じられている
あれから
ずっと閉じられている
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謳え、臆病者
まるで弱い命が此処に居る、と
高らかに謳え
謳え、臆病者
まるで脆弱な力が此処に在る、と
振り絞って謳え
謳え、臆病者
己のくだらなさを匿おうとするな
己の醜さを庇おうとするな
謳え、臆病者
世の大勢の愚かさを救うべく
安堵させるべく
先陣をきれ、臆病者
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ひとの心に降るという
ましろな雪に
触れたくて
ずっと
ひとの命に寄りそって
ひとの命を
慕ってきたけれど
それは
もしかしたら
ひとの命を奪うことに
なっていたのではあるまいか
ずっと
ひとの命を
盗んできたのでは
あるまいか
不安にかられて
わたしは耳を澄ませる
澄ませた耳には
無音の
無言の
嵐が巻き起こる
それは
わたしを
殺めたりはしないけれど
嵐が巻き起こる
けっして
この身を傷つけないけれど
ひと思いに
楽にはしてくれない
その気遣い
あるいは無情さに
わたしはうち震えている
はかりかねて
うち震えている
空をゆく雲からは
ましろな雲からは
雨が
幾筋も降りてくる
けれどそれは
うるおいをもたらす恵みではなく
ひとのこころを貫いて
不自由な空へ縛りつける糸
うるわしくて
うたがわしい
秀逸な糸
涙の
あついところと冷たいところと
渇きの
優しいところと厳しいところと
縦横無尽に
張り巡らされた
織り物のなかには
差異ならぬ差異をあらそって
いつでも
どこでも
風が吹いている
風が吹き荒れている
されど
見慣れた風は
聞き慣れた風は
語り慣れた風は
透明にふくらんで
そっと
雪になるしか手立てがない
ひとの心に降るという
ましろな雪に
触れたくて
わたしは
いつしか
重荷を背負わされて
いつしか
それを忘れてしまう
そうしてそれが
新たな重荷を生むのだろう
とうに
ここは
はるか以前からここは
暴風域だったのだ
ましろに
ただただましろに
表面だけが純真な雪に似て
ここは
危うい場所だったのだ
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光のどかな
朝の軒下に
あいさつ日和が訪ねくる
つがいの雀のたわむれも
いたずら烏のお散歩も
汽笛も煙も
風花も氷柱も
みな
やわらかな一見さん
ごきげんよう
もいちど元気に
まみえましょうね
手短な約束を交わしたら
一日の過密さが
ほどかれてゆく
軽やかに
ほどかれてゆく
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あの火をみて
もう
なにもかもが一つになって
燃えているような
あの火をみて
綺麗でしょう
あかるいでしょう
力強く、あるでしょう
だけれど
消さなきゃならないのが
火だからね
そう思うと淋しいね
だからいまのうち
あの火をみて
こころに移るように
称えるこころで
自分ばかりが可愛い
わたしもあなたも
それをつかの間
忘れられたね
ありがとう、歓喜たち
ありがとう、落胆たち
ありがとう、希望たち
みんな英雄だったね
一人ずつ、
英雄だったね
あの火をみて
もう
なにもかもが一つになって
寄り添っているよ
なにも分けずに
あたたかだよ
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心が折れたら
折っちゃいましょう、
もう一本
角度のちがいで
見方がかわれば
あらたな味方の参上!かもよ
ま、そうはならなくても
挫折やら壁やらが増えたらさ
いまの、
お前さんの心を折ったらしい
そいつを、
全力でなんか構えないよね
そいつばかりに
構ってられないね
いまのままでは
到底かなわない相手なんだから
ひとまわりも
ふたまわりも
己を研かなきゃ、無理よ
心が折れたら
チャンス!とばかりに
折っちゃいましょう
一本、といわず
もう二本
もう三本