詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
1.
かみさまはいるよ、
って 教えてくれた人は
もうすぐ死んでゆく人だったけど
それは黙っておいた
だって、あいしてるんだ
2.
きのう、かみさまを見かけた
高速道路を流れてくテールランプの中だった
ような気もするし、
公衆便所で流した水の中だった
かもしれない
とにかく
そんなふうに流れてくものの中に
3.
ああ、かみさま
あなたになら理解できるだろうか
この世界に拡散する、
声なき叫び、
文字なき手紙、が
4.
すべてのひとがしあわせになる
なんてことは
たぶん、ないだろうね
かみさまだって、居場所くらい
確保しときたいだろう?
5.
のどあめの中に、ぽつんと
気泡が入りこんでたら
そこんとこにたいてい
かみさまはいるんだ
だからって
口に放りこむ前に
いちいちたしかめたりする必要はない
6.
かみさまは
容易に虹を渡ったりはしない
行ったり来たりしてるときは
献立を迷っているか、
おしっこしたいか、
どっちかだ
7.
「かみさま(が、いるとするなら)!」
「かみさま(が、いるとするなら)!」
って、何度でもおいのりしてごらんよ
かみさまがカッコの中身まで見ていたとして
それが聞き入れられるかどうか
それはかみさまだけ知ってる
8.
星の砂を信じてる人のとなりには
かみさまがいるんだって
9.
うそをついたこと、知ってるのは
わたしと
あのときたまたま近くを通りかかった
かみさまだけ
10.
だって、あいしてるんだ
そればっかりはかみさまにだってどうにもできない、
ってことがあるってこと
ちゃんと知っているから
だいじょうぶ
かみさまがいても
いなくても
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
眠っている、舟の
漕ぎだすその先の朝が、
眠っている
イメージが形になっていく、その
次の瞬間に
雲は切れ、空の裏側にはおそらく
比類なき明日が
ただ 立っている
としても、底はまだ 浅い
郷愁と静寂だけをたよりに
生きていくには
世界には時間がありすぎて
荷物を余計に積みすぎてしまった
こころもち 舟が
左にかたむいている
呼吸をととのえて
群青の広がる方角へと
からだを進める
扉を見失うように
あなたを見失ったこと、
喉の痛みくらいのやさしさで
チリチリと尖って 過ぎてゆく
混沌とした景色の中に
あなたと、
時間の水平線をさがす
そこを谷折りするために
叫んでいる、底で
分子が叫んでいる
漕ぎだす波の、浅い間に間をぬって届く
わたしたちは こんなふうに
出あう、もっとずっと前から低音だった
海から続く空へと行きついても
底はまだ浅く
半オクターブだけ高い声を発しては
朝を揺り起こす
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
満水の夜に
感覚をとぎすませながら
無数の魚が泳いでいる
距離と、位置と、
上昇する体温と、
そういうものを
止めてしまわないように
蛇口に口をつけて
あふれ出すカルキを吸うと
水面が降りてくる
そうやって
1ミリずつ
世界は、ずれてゆく
正しい速度で
目盛りが見えはじめると
魚が跳ねて、
そこここに散ってゆく
ブラインドの内側で
尾ひれを
あるいは胸びれを
重ねて眠る
いとしい、遠い他人と
おはよう、を言うために
世界が続くのだとしたら
ブラインドの隙間から流れ入る
その角度で
浅い夢へと切り込むもの
それを、だれかが
朝と呼ぶ
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
目がさめると
世界は半透明だった
そうか、ゆうべ
基地をつくったのだ
求めていた体温に
ほどちかいぬるさと
液体でも固体でもない感覚の
その場所で
眠ることは
ひどく ここちよかった
どうしようもなく半透明なのは
視界だけではなく
からだごとのようにさえ思えて
ゆっくりと
わたしの四肢に触れてみる
たしかめることは
かなしいことだと知った、遠く
錆びついた記憶が
落下する
寒天の壁、
その向こうで
男が身支度をしている
男の背中からは
ひとすじ
川が、細く流れだしていて
不必要なほどたくさんの微生物を
泳がせている
あの川底に基地をつくれたなら
よかった
ドアが閉まり
川は階段を流れ落ちてゆく
その音も振動も
すべて
寒天が吸収し
もう、今は
坂道に見えなくなるころ
そうして 入れ違いに
明日がまたやってくる
その気配で わたしは
もうしばらく
基地から出ることができない
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
ぼくたちはいつも
なんとなく そう、「なんとなく」
そんな曖昧な理由で
駅のホームで考えたことや
放課後の出来事や
真夜中の電話で泣いたことなんかを
音もたてずに
忘れてしまうよね
10月の屋上で
笑いあったことさえも
もう、
忘れてしまった
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
国道沿いのマクドナルドで
あなたのシルエットを買った
伝えたかった言葉で
支払いを済ませる
足りなかった文字が、あったような気がする
4時限目の鐘が
モノレールをつたって、とどく
屋上の手すりから
遠い約束がこぼれ出るときの音に
よく似ている
あのころ、ふたりで
美術の授業をサボっては
給水塔の壁に落書きをして、笑いあった
しりとりのような
淡いつぶやきの その中に
足りなかった文字は
あったのかもしれない
となりに並ぶ影の、あなたは
いつのまにか 背が
ずいぶん高くなっていて
もう、わたしとは
視界がちがってしまった
発しているであろう声も
ところどころ穴があいていて
聴きとれない
鐘の音だけが、わたしにかさなる
伝えたかった言葉を払いもどして
歩きはじめる
午後へ向かう気圧に押されて
前のめりになりながら
いつまでも
きりんの「き」だけ
思いだせない
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
あやつられる
わたしの背中に糸が生えている
よく見ると
足からも
腕からも
糸が生えていて
どうにかすると口がパクパクする
声だけが違う場所にあって
伝えることができない
ことばを持たないわたしのからだに
五指からのびた糸が
複雑にからみついて
ほどけない
指がとまって
口がぽかんとあいたまま
涙も流さずに
泣いた
あやつられるわたしは
まるで
生きているかのように
表情がかわる
笑い顔の裏側には
たいてい泣き顔があった
色づく季節を見上げても
首をかしげて
声にならない声を揺らすだけの
カラクレナイ
カラクレナイ
からくれない
誰にも たとえ
愛しいあのひとでさえも
生きていないかのように
生きているわたしにも
伝えたいことは、まだ
たくさんある
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
インターホンが壊れてしまって
不在票ばかり、溜まってゆく
ドアをノックする手を
誰も持たない
再配達を
今日は頼んだから、
夕暮れにつづく時刻に
言い訳を抱えて
ドアの内側に寄りかかってすわる
ほんとうは 誰かが
ノックしてくれるのを待ってる
届いたダンボール箱には
枝豆によく似た過去が入っていて
まだとりたての匂いで
枝にぶら下がっている
それを一つ一つ
ハサミでちょん切っては
泣いた
今日も
ドアはノックされなかった
枝から切り落とされた過去は
ところどころ
虫に食われていて
もう、食べることすら出来ない
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
目に見えない、時を読めるようになったのは
あのひとと次の約束をするためだった
等間隔にきざんだ目もりを
瞬間の目印にして
大きな流れの中でも
わたしたちがまた、手をとりあえるように
たとえば
木曜日、午後5時にね って
笑って手をふる
そんなふうに
そうやって
見えない、時を読んでいるあいだに
次の季節がやってきたことを
わたしも あなたも 気付かなかった
すべての季節は
ふたりの手の内にあったというのに
この瞬間の手前で
街路樹は、黄色く舞っていた
記憶や、思い出とは
なんて自由なのだろう
わたしたちはいつも
その曖昧さに救われながら
時間の波間を
ただよっている
今いる場所が、流れの途中なのだとしたら
不幸せなどと
まだ、嘆くときではない
さっきよりも 少しだけ
呼吸が澄んでいる
あのひとの手も 透きとおって
それでなくとも、見失いがちな
約束は
秒針の向かう先に用意されていて
流れていく
確実に
高い方へ、
高い方へ、
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
線路脇に建つ家に生まれて
ずいぶんと長い間 そこで暮らしたせいか
今でも 5分おきに
からだを揺らしてしまう
そうやって揺れているうちに
いつしか わたしは
窓ガラスの
3メートルばかし向こうの世界だけを
ただ走る
あの列車だった
単線のわたしに
休む時間はなく
ときどき
どちらが海で、どちらが山なのか、
どちらが上で、どちらが下なのか、
あるいは 右、左、
そうして その区別など
列車であるわたしには もはや
必要ないのだということさえ
知る由もなく、走りつづけている
レールの上を
滑車をまわして
ひたすらに、走る
それこそが日常なのだと
ずっと、思いこんでいた
窓ガラスの向こうで
むしろ わたしは
レールそのものだった
横たわるわたしの
うつぶせの背中を
5分おきに
知らない誰かの列車が通過してゆく
それこそが
たしかな日常だと知っても
明かりの消えた窓の外
最終列車を見送ると
わたしは
朝の方向だけを、念入りに確認して
ひととき
からだを揺らすことを忘れて 眠りにつく