詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
呪文をおしえてください
あのひとまで、とどくような
たとえ とどかなくてもいいとさえ
思えるような
わたしを消してしまえるほどの
それは
風にも似て
耳もとをとおに過ぎてから気づく
聴こえた
と思ったそれは
足音、で
あのひとにとどくようなものでは
とうていなかった
足音はとどかない
足音は姿を見せない
足音は、だれの
足あとなら、よかったの
目に見えることだけを現実というのなら
わたし(わたしたち)はどこで存在しているのだろう
たしかにここにいるのだと
どれだけ叫んだら
手に触れるものだけを信じるというのなら
わたしはもう
呪文をさがすことなく
空と足音のあいだを、ゆく
風になって
今から、そこへ
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昨日の夜、それとも おととい、
きみは月を見上げたかい
めざまし時計の朝
最初に「おはよう」を言ったのは、誰
目をつぶって100歩進んだところで
愛する人に出逢える確率を知っているか
今日という日が
幸せに満ち満ちていたとしても
明日の月を想像しながら
今日の月を見上げることができるかい
*
時計をなくしたからといって
そんなに気を落とさなくたっていい
あせって早足になることも
時間はいつもそこに、在る
きみにも きみにも きみにも
平等に 平等に 平等に
時計なんてものは思い込みにすぎない
どうにかすると一日を
24時間よりも増やすことだって可能かもしれないよ
時計屋の主人は店の奥で
どの時計が正しいかさえわからないまま座っている
*
ぼくがこの街のできるだけ詳しい縮図を探して
せまい本屋の通路を右往左往している間
きみは世界地図を持たないまま
海の向こうへ泳いで渡る
という夢を語る
*
言いたいことはたくさんあるのに
上手い言葉が見つからなくて
半分も伝わらないのだ
と
嘆くことは多分、無駄なことだよ
だって、もともと
言葉は何も伝えない
言葉は死にかけている
きみの、ぼくの、
右でも左でもなく
目の前で
*
昨日の月、
(もしくは おとといの、)
今日の月、
明日の月、
(想像上の、)
その、目に見える数ミリの輪郭の差異の
等間隔な距離だけが
見ることも触れることもできない時間と
死にかけた無数の言葉たちの
かすかな(でも たしかな)呼吸をつないで
そうだ、ゆびきりしよう、と叫ぶ
ぼくは、といえば
めざまし時計の高音にかくれて
大きなあくびを一つした
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さよなら、と言って
去っていったあなた
の写真
に
穴あけパンチで
はじっこから
パチン、パチン、と
等間隔で穴をあけていった
ら
もう、その写真は
あなたじゃない
かもしれない、というくらいに
だれだかわからなくなって
いつしか
ただの水玉でした
水玉になったあなた
かだれだかわからないそれを
夜空にすかしてみると
小さな穴には
まあるいおつきさまが
ぴったりはまって
わたしはすこし泣きました
おつきさまの
となりの穴のむこうには
あしたのわたし
そのとなりの穴のむこうには
あさってのわたし
が
今日を忘れてはいけないよ、
と
たぶん、
わらっていました
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使いかけの、ビデオテープ
しまっておいた写真
あの夏の昼下がりの、切符
片方だけの、イヤリング
買い置きのシャンプー
どこへでもいけるね、って言いあった
あの日の、
あの日の約束
あるはずなのに、
どこかに
あるはずも、ないのに、
どこにも
ゆるしてね、って言った
カーテンの白にゆれる
うそ
行方不明のものにかこまれるこの部屋で
今日もまた、あなたの影を
さがす
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ああ、またここから、始まるのだ
無意識にながれる所作に
ときどき
生まれる、感覚
蛇口をいきおいよくひねり
じょうろへと水を注ぐ
そんな、とき
朝が、
おとといよりも
昨日よりも
数ミリはやくやってきて
すこしだけ、とまどっていた
外はもう
わたしが知らない、春の体温だった
始まってゆくことは
終わってゆくことだと
季節がかわるたびに、知る
そうしてそれが
生きているもの、
生きてゆくもの、それらの向かうべき
朝なのだ、と
たったのひとことも告げないまま
消えてしまった、と
泣かないで
どんなときも合図は、あった
たしかに
春は、みじかく鳴いたのだから
また、始まるのだ
ここから
この、朝から
たちのぼる湯気のまえで
あたらしい味噌のふたを
ピリピリとあけながら、わたしは
つんと耳をすます
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あいたいひとが、いる。
それはある種の、あこがれ。
もしかしたら、あえないのかもしれない
けれど、そうであってもかまわない
という思い
けれど、あったら、なにかがきっと変わる
そういう、
強い確信をもてる、ひと。
あいたいひとが、いる。
けれど彼らは
(あるいは彼女らは)
いつも今ここには、いない。
あいたいひとは、どうしてか過去に
(ときどきは、未来に)
点在している
記憶をよびおこしたり
空想したり
しても
顔の細部だけは
いつもぼんやりと、あいまい
あいたいひとは、
たとえあっても、なにもかわるものは、ない
それだけは、まぎれもない
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一秒ごとに
あいまいにぼやける
まちの、輪郭
潮騒がおしよせて
すべての境界線を消してしまう
抱擁する、
抱擁する、夜の、
水槽
よじれるカラダで
白い波をぬって
見つからない場所まで、およごう
ほそく、ほそく、
規則ただしい、呼吸で、
かすかな振動は やがて
ページをめくる 波の、
ゆびさき
先へ、先へ、
奥へ、奥へ、
そうして
ほんの数ミリの差でむこう側にある
空間へと、届く
へだてていたガラスも
さっき、割れた
ふりそそぐ破片をぬって
朝がこない場所まで、およごう
ふれているのは、
くちびる
ただ ふるえるだけの
すって、はいて、
ほそく、ほそく、
(規則ただしい、呼吸で、)
ときどき
わたしたちはその時間を
せっくすとよんで、わらったり、する
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きみがぼくにすてられたって
そんなふうにおもっているとしたなら
それは
とんでもないまちがいなんだよ
きみ、
ぼくとであうまえにだって
だれかとであってたんだろう?
だれかとキスしただろう?
だれかと、あれやこれや、
それはまあ、やぼなはなしだけれど
ぼくとであったとき、
きみは
まえにだれかとキスしたきみ
でなんか、なかった
ただの、
ぼくにとっての、あたらしいきみだったから
すきになったんだよ
ほんとうだ
そうやってさ
まえみたいにさ
うまれかわってけばいいんじゃないのかな
ぼくとキスしたきみとしてじゃなく
あたらしいきみに
そうしたらぼくは もう
きみがきみだってことも、きづかないとおもう
から
まただれかとであって
まただれかとキスしたらいいんだよ
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あしもとから 垂直にたちのぼる
無数の、泡
音もなく こわれてゆくもの
の
スピード
とめるてだては、ないわ
からだをかたむけても
もう、おいつかない
はじける、
はじける、
コップのふち
今にもあふれそうな
夜の水面で
わたしたちは いつも
コントロールされながら
右へ、左へ、
呼吸をくりかえすばかり
音もなく こわれてゆくもの
の
スピード
見失いがちで、それは
てのひらをひらいた
つぎの瞬間にさえ
あとかたも、ない
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アンドロメダの人よ
時折、
喧騒が吹き過ぎた
ほんのつかの間に
あなたの姿が
淡く とどきます
ともすれば
見落としてしまいそうな
線は
星星をつなぎながら
のびて、のびて、
いつか
銀河系の果てをも越えるでしょうか
アンドロメダの人よ
道すがら
あちこちにある
過去や未来への、扉。
わたしたちは
なぜ いつも
今、立っているこの時間の
ほんの1ミリうしろや
ほんの1ミリさきにある空間に
翻弄されながら生きているのでしょうか
月に祈りをささげるばかりの頃は、
過ぎ
アンドロメダの人よ
あなたが
おどろくほど、あっけなく
たどり着いた
その場所へと
階段を一段、一段、
のぼって
今、向かいます。