詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
あの日
しゃがんで拾った貝殻は
引き戸の奥
ひしめきあいながら
眠っている。
波に濡らしてしまった、
と泣いた
スカートのすそで
今なお
夕暮れは踊る
あの日
目の前を通り過ぎていった
魚の
群れ、群れ、群れ
どこに向かって
どこにたどり着いただろうか。
焼き付けた脳裏の
水面
今は遠い
あなたの声が
跳ねる
向かうべき場所も
めざす場所も
あるわけじゃなかった
ただただ
およぎつづけること
それで、いい
あるきつづけること
それだけ
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とおくへいってはいけません
うん ママ
わかったよ ママ
あしかドン、あそぼう
うん。あしかゴン、なみをとんでね
あしかドンはじょうずだなぁ
あしかゴンもがんばって
あしたになったら
じょうずに
あしたが
きたら
あしかドン、なにか見えないかい
あしかゴン、ああ、見える
あしかドン、黒いね
あしかゴン、白いね
黒と白の巨人が
やってくるよ
やってきて
なにするの
なにするの
あしかドン、にげよう
あしかゴン、およごう
ママのところまで
ママのところまで
あしかドン、もうだめ
あしかゴン、がんばって
あしかドン、ばいばい
あしかゴン、
あしかゴン、
黒と白の巨人は
あばれるよ
ぶるんぶるん
ざぶんざぶん
そして
いなくなったよ
いなくなったよ
とおくへいってはいけません
とおくへいってはいけません
うん ママ
いかなかったのにね
ずっとずっと
とおくへいってしまったね
ごめんね、ママ
だあれもわるくありません
うみはきょうも生きてます
うみはきょうも生きてます
だあれもわるくありません
みんなみんな生きてます
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笑って笑って
笑ってますか
いとしいわが子
見えてますか
いとしいわが子
の笑顔
つぎだした右手のPEACE
その指のあいだの
無邪気な笑顔
の裏側
の後頭部
そのうしろのガラス窓
の外にそびえる
針葉樹
の色づき
その根をはりめぐらす大地
ひろがる大地
つながる大地
の円周上
または、裏側
笑って笑って
笑ってますか
見えますか
名も知らぬ、だれか
名前など知らないままで
いいのです
生きて生きて
見せてください
裏側の、PEACE
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無数ともいえる
ボタン
を
ひとつずつ、かける
かけ終えたそのとき
もっと別の
なにか
きらりと光るような、に
心をうばわれて
せっかくかけ終えたそれ
を
一気にはずす
そんなとき
もう
そこへはもどれない
もどらない
直感
そういう覚悟
で
動いている
そういう覚悟
で
生きている
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まるみをおびたふち
から
足をすべらせて
フラスコの中に落ちた
としても
意気消沈する必要は
ない
そこでなにかできることを
さがせばよい
そこにも
陽はさす
屈折さえしているが
虹だって
ね
無数の粒子
の
れんけつ
れんけつ
そとの世界には
かえりたくない
と
化学反応
ときどき
マグニチュード7.5で
揺さぶられたり
愛だとか
恋だとか
あるいはもっとべつの
痛み
が
入り込んだりも
するけど
受け入れること
受け止めること
それより
そのとき
なにを発生させることができるか
それを重んじよ
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メリーゴーランドに
ふたりで乗ったあのとき
ふさがった右手のことばかり
気にしていたあなたは
左手でにぎる
わたしの右手をふいに忘れた
遠心力のそとがわ
こぼれて飛び散った
恋のカケラ、は
今もなお
観覧車のてっぺんで
あなたを探している
わたしのかわりに
ふたりで
疾走したり
ジャンプしたり
笑ったり、泣いたり、
そのたびにカケラは飛び散って
そこここに点在しては
わたしを困らせた
こぼれたそれを
ていねいにかきあつめる
こと
は
きらいではない
そうしているうちに
あなたを探していること
をふいに忘れる
あつめたカケラには
ときどき
ほかの恋がまぎれこんでいて
それ以上に
わたしを困らせたりする
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わるいことがあった日は
たまごを100個
ゆでたそれの殻を
むく
そうなさい、と
むかし誰かに言われたのだ
けれど
誰だったかは
わすれた
殻をむくのは
夜じゃなくっちゃいけない
蛍光灯の下
なんてはもってのほかだ
まっくらでなくっちゃ
いけない
そんなふうにも誰かに言われたのだ
が
誰だったかは
わすれた
もしもまちがって
あかるい光の下で
殻をむいたりなんかすると
真っ白いそのカケラが
きらきらとかがやくので
思わず
ふりかけ振って食べちゃったり
ネックレスにして首にかけちゃったり
なんかしたら
それはそれは
たいへんなことになる
まっくらじゃなくっちゃ
いけないよ
と
こんこんと言っていた
わすれたと思っていた誰かは
わすれたんじゃなくて
もういないだけ
そんなことをしてると
だんだん
このまま朝がやってこない
のではないか
などと思う
わるい日が
もっとわるい日になってく
ように思う
そりゃあそうだろう
なにしろまっくらなのだし
なにしろたまごなのだから
そんなときは
もっともっともっともっと
たまごの殻をむきなさい
と
誰かは言った
だから、むく
とにかく、むく
ひたすら、むく
むく
むく
むいて
むいて
むいて
おなかがすいたなら
むいたたまごを食べなさい
と
誰かは言った
真ん中から、太陽が
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その中に落とされたとき
から
ぼくは羽につつまれていた
するするとした感触のそれの
色を知ることもなく
カタチを知ることもなく
いつも
その中でまるくなって
ねむった
何万回もねむった頃
ぼくは
裏切りや
憎しみや
神様、などというものの存在を
知り
同時に
神様、などというものは存在しない
ということも
知った
目をひらいていると
時にはひかりが見える、こと
を知ったぼくは
ぼくを包んでいた羽の色
を知った
羽、と思っていたそれは
黒く
黒く
それは緑のごとく
黒く、
細かった
糸のように
落とされた世界は
落とされたときから
黒かった
のだろうか
そうではないのかもしれない
ひかりを知ってしまったぼくは
明るい場所を欲したりも
した
目をひらいてうごかすと
四角く
明かりがもれている
世界の外側であろうそれを求めて
その扉に
手をかけた
つぎの瞬間
手首をしめつけられる感覚で
目を覚ます
と
まるくなってねむる
ぼくを
知らない女
の黒い髪が
ぐるぐると巻いていた
詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
今日という一日を
どう過ごしたか
なにを し、
なにを感じたか、
を
今日が
今まさに終わって逝くときに
さて、
おもいだしてみよう
などと
試みているうちに
それはもう
昨日の出来事になっている
ので
ひきだしをみんな空にして
わたしは
めざましをセットする
見上げた本棚の
二段目にサリンジャー
昨日も、
そのまた昨日も、
おそらく
三年前、も
うつろいゆく
不確かな世界
の
途中にも
流されず
変わらないもの
が
あるのかも、しれない
などと
一日の終わり、は
一日のはじまり
である
と
気づかないまま
今日もねむる