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千波 一也の部屋  〜 投稿順表示 〜


[607] 磯辺の遊び
詩人:千波 一也 [投票][編集]


せっかくのスカートが、なんて

君は

ふくれた顔で

片手にサンダル

フナムシもフジツボも知らない

君は

おびえた顔で

片手にサンダル



ここは 

たまたまの国道沿い

誘われるままに

車を停めた

穏やかな磯



そろそろ機嫌を直してさ 

岩に腰かけてごらんよ

大丈夫

磯辺に棲むものは 

みな 優しい

ちゃぷんと

水音を立てれば

みな こそこそと逃げだしてゆく



大丈夫

君を迎えるものは 

ひんやりくすぐる潮と風だけ



ヒトデも

カニも

イソギンチャクも

みな こうして生きているのさ

磯辺に棲むものは 

みな 優しい



あ、

向こうで 貝が動いたね

ヤドカリかも知れない 

捕まえてきてあげようか




うなずく君の瞳には 

すずやかな





だから

僕は

ちゃぷちゃぷ 

ちゃぷ

ちゃぷ 

鼻歌まじり



そうして

ヤドカリ

は 

こそ

こそ






2006/09/09 (Sat)

[608] 献花
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さくら かんざし

あかねの 鼻緒

ねむりの いわおに 

腰かけ

仰ぐ 


ちり ち り りん

金魚の尾ひれが 

風鈴を蹴る

ちり ち り りん

黄色の帯と 

左手 

うちわ



嗚呼、ごらん

濃紺の天辺に白糸が染み渡ってゆく



だいだい 

もえぎ  

あお孕む、朱


浴衣の うなじに けなげな上気

愛でることばの 

ひとつ ふたつが

ほろほろ 散りゆく 灯りを彩る



納涼の宵 

盆のさかずき 笛 神楽

納涼の宵

さやかなる川 走馬燈



彼岸に あげは が さらりと溶けた


焦げの けむりは 船出の薫り

銀河の巡りは 

かくも鮮やか



いちるの涙の流れに乗って 天へと昇るすべてのものへ

しずかのうみの 

その凪 

祈り



大輪の菊 

いちりん

捧ぐ



2006/09/09 (Sat)

[609] 発泡の夏
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久しぶりに自転車をこいだ


思いのほか重くって 

にわかに

ふくらはぎが注意報

堪え 

堪えて 

焼鳥屋を目指す 

男ふたり



「とりあえずビール」とおまえは言って

とりあえず なんて

ビールに失礼だろ



思いつつ

ビールが飲めないオレは

ライム・ハイ



連絡が密な訳じゃないのに 

近況はすぐに

浸透してゆく

三日ぶりだったっけ、と 

少し酔う



制服だった頃と 

制服を脱いでまもない頃と

眩し過ぎる日々は

しっかり肌を灼いていたらしい



ジョッキに広がる不可視の青空

ほの暗い照明が

小粋だった



会計を済ませて店の前

「これって酒気帯びだよな」と

サドルにまたがる

胃は重くても

ニヤっと笑えば 

軽くなる



「しっかりこげよ」って偉そうなおまえ

「らくしょうだね」って偉そうなオレ



足とこころとをぎゅっと捕まえた 

幾度目かの夏



久しぶりに自転車をこいだ

爽快だった



2006/09/09 (Sat)

[610] 逆光の丘
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その階段は

まぎれもなく階段であった


手入れの行き届いた草木と

光を反射する白の像

そこは

入り口にも満たなかったのだ

まぎれもない階段の途中

この両目は 

風の遊びだけに誘われて

入り口は

沈黙していた



修道院は

その広さを 

慎ましく囁いており

旧き建造物でありながら

新天地へ続くまばゆさを

しずかに絶やさずにいた


猛暑のしたで

すべての窓は閉じられており

敬虔なる空気へと寄せる想いは

尚更に

美化されてゆく

うっすらと汗を匂わせる私なのだから

それは至極当然のこと



映画の場面が数枚、脳裏をかすめた


はっきりとは見えなくて

のどが強く 渇く

欲求も程々にせねば、唯みにくい



下りの階段の足音に息づくものは

気の毒なほど鈍い影 

軽い影




恋人とつなぐ手の反対にはビニール袋

敢えていうなら白、の

その中身は

甘い甘い砂糖菓子


修道女たちの手作りらしい



2006/09/09 (Sat)

[611] みのりごと
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まなこ に にちりん

もろて に こがらし


つち の かんむり しろ こだち 



かぐわし みつ むし

たわわ の やま つき    


かぜ の ふところ にじ あやめ



てん しゃらら 



まどろむ うしお 

くも の いと



うたげ かがり び

まう おうぎ



きみ やむ なかれ 

あたら みち


きみ やむ なかれ

み を つくし



なぎ は とこよ に

はた さらさ


なぎ は とこよ に

こがね の ほ


2006/09/09 (Sat)

[612] 地下水脈
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ごらん 

あれは

眠りの間際の窓辺たち

ごらん 

あれは

烏賊を釣る船の漁り火

人々の暮らしは在り続けていてくれる


汗をにじませながら

涙をうるませながら

人々の暮らしは在り続けていてくれる



夜景に息づく光の粒には宝石のかがやき



やさしい血潮と

たしかな血潮の

あたたかな気配のその向こうに

光を守る両手がみえる


暮らしは続いているのだ

ボロボロの生地になったとしても

磨くことを休みはしないのだ



彼方からは

ゆっくりと汐の香が

波間の無限を

教えてくれている



山頂からのぞむものは由緒正しき地下水脈


一つ一つの軒先に

一つ一つの道端に

流れをやまぬ水が灯っているのだ



枯渇、などと

軽々しく口に出してはいけないね

「潤いをありがとう」



視界の片隅で

ロープウェイが往復を繰り返す


この井戸は

たくさんの乾きを

癒し続けてゆくのだろう


人々の暮らしの在る限り



人々の暮らしの

在る限り


2006/09/09 (Sat)

[613] 少しだけ歩き疲れたら
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ベンチに腰を下ろしたら

まるで恋人みたいな気分になって

不思議



人の通りの薄い時刻

けれども人がいない訳ではなくて


噴水を挟んだ向こうのベンチには

しっかりと

恋人たちが腰を下ろしているのだし

ついでに言うなら

お隣にも

しっかりと、ね




ぼくたちはキスをするし

どこに

どんなホクロがあるのかさえも

知っているのだけど

なんだろうね

恋人っていう想いをあらためて手にすると

くすぐったい心地がするね



言葉にはいのちが宿るという話

あれは

そんなに疑わしいものではないかも知れない



風向きひとつで

噴水の飛沫はこちらへ来るから

きみは

少し冷えたと言う

ぼくは

少しだけ素直に

その手を温めてあげたりした


もともと暑がりのぼくだから

そんなときは

丁度いいな、って

思うんだ

思うだけで

あんまり伝えないのが

ぼくの悪いところなのかも知れないけれど

そんなふうに思ったりもするんだ




風向きひとつで

噴水の飛沫は

あちらこちらへ

でも、

まんざらでもない様子だね




きみも優しい顔をしていることだし

もうしばらく

ここに

腰を下ろして

いようかな



ね。


2006/09/09 (Sat)

[614] そのような目で見ないでください
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ライオンさんのやる気がゼロでしたので

わたしは舌打ちをしました

タイガーさまも同様でした

残念でした

同じくネコ科のクロヒョウくんは

動いていました

しかしながら

その目はとても虚ろでしたし

檻の中を行ったり来たりしていただけです

わたしは憐れみを感じました



反面、アザラシたちは機敏でした

あなたたちには

寧ろ

ダラケていて欲しかったのが本音です

その、

はち切れそうな太鼓腹を

ペシペシと

叩いていて欲しかったのです

でも、

スイスイと泳ぎまわる御姿に

不覚ながらも魅入ってしまいました

少しくらい

顔だけ出して浮いて下さっても宜しかったのに



ところで、

ヤギとヒツジの区別がつきません、相変わらず

ただ、

両者とも

日陰を占領する気質をお持ちであることは知りました

憩いの時間をこよなく愛しておられるのですね

近づくわたしを見つめたその

細い目が

少し怖かったです



エゾシカについては

秋にもなれば

国道沿いにて会えるでしょうから

素通りいたしました

暑さとの闘いもあったのです

それでもやはり、

親しき仲にも礼儀あり

ですよね

今更ですがお詫び申し上げます



直射日光の冴えわたる真夏の動物園は

人間に不向きな場所だと思いました

なぜなら

わたしの願いが叶わないからです


見たいように見たいのに

わたしが見たものは

全て

わたしだったような気がするのです



わたしを

そのような目で見ないでください



直射日光の冴えわたる真夏の動物園には

匂いが溢れています



わたしを

そのような目で見ないでください



獣の匂いが溢れています


2006/09/09 (Sat)

[615] 火の鳥
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幾千幾万の人波は終わりを告げない


すれ違う一つ一つの顔を

忘れる代わりに

白の背中が鮮烈に映える

本当は

黒であり 青であり 

赤であるかも知れないが

白で良い

すべて白で良い

わたしは背中を確かに覚える

燃え尽きた色だね、と

正面の活火山は笑うだろうか



いま、火薬という名の運命が夏の夜空を駈けのぼる



四方を囲む山々は

その足音を跳ね返し

散りゆく音を一つに束ねて

轟音を織り 地へ注ぐ

そして歓喜は呼応する


密閉された盛夏の地上で

拍手と 舞と 万歳と

宵闇の底で活火山は

ちらり と 横顔を見せた

一つも動かず

然れど黙らず



不意にわたしは

巨大な棺のなかに在ることを自覚した

いま、火種は放られたのだ



あまたの刹那は何処へと還るのだろう

輪廻は優しき永劫かも知れない

あまたの刹那は何処へと還るのだろう



幾千幾万の人波は終わりを告げない



潤んだ瞳を

次から次へ 空へと向けて

遠く遙かへ 駈けのぼってゆく

翼をもたない

その

白の背中で



2006/09/09 (Sat)

[616] やさしい雨
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肩が

うっすらと重みを帯びて

雨だ



気がつきました

小雨と呼ぶのも気が引けるほど

遠慮がちな雫が

うっすらと


もちろん

冷たくはなくて

寒くもなくて

そのかわり少しだけ

寂しくなりました



車のライトには

たくさんの夏の虫が

雨に濡れていました

二度と羽ばたいてはゆかぬ姿で

ただ

静かに

濡れていました


思い返せば見事に続いていた、晴天



熟した果実の重さに似て

前髪の先から

ポツリ、と

結露


どこかで

たしかな文字が

ゆっくりと滲んでゆく気配

きっと

とても近いところで

とても

近い

ところ





車内の窓が曇ってゆくので

外の景色は

少し遠くなりました

そう

まるで

記憶のかたちのような


拭っても

拭っても

窓は曇ってゆくけれど

呼吸は止められません



雨は相変わらず囁き続けていました

うっすらと

うっすら




2006/09/09 (Sat)
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