詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
砂の城は
潮風にだけ開かれている
砂の城は
形あるものを招きはしない
そのことに
気づいたものたちは
ゆっくり砂へと戻りはじめる
そして
それらの隙間へ
およぶ視線たちも同様に
ゆっくり砂へと戻りはじめる
砂の城は
空洞だらけの構造だから
なにものも閉じ込めたりはしない
それなのに
出口を求めるものたちが
いつの間にか、ある
生まれつきの砂などない
たったひとつのその真実が
孤独の層を
悲哀の層を
築きあげてゆく
崩れることを繰り返しながら
築きあげてゆく
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
あんよが出来たら
いい子いい子
おさかな食べたら
いい子いい子
幼い子どもを褒めるはやすし
着替えが出来たら
いい子いい子
なまえが言えたら
いい子いい子
わが子もよそ子も
ちいさな手柄を褒めるはやすし
えがおであれたら
いい子いい子
そばへと寄れば
いい子いい子
あかりに満ちて褒めるはやすし
物をとらせば
いい子いい子
ねむりに就けたら
いい子いい子
分け隔てのない始まりを
与えることはいとやすし
思い出すのもいとやすし
ならば
なにゆえ忘れるのだろう
転んで泣いても
いい子いい子
泣かずに起きても
いい子いい子
手をさしのべたら
いい子いい子
手をひらけたら
いい子いい子
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翼のためを思うなら
自分の足で立つことね
翼の憩いを
奪わぬために
翼のためを思うなら
自分の足を休めることね
翼の務めを
奪わぬために
誰かのためを思うなら
ちがう誰かを
諦めなきゃね
どちらも救えず
終わらぬために
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嫌いなものになろうと
おもう
嫌いなものになれたなら
嫌わずに済むとおもう
もう、きっと
好きに
なり始めるとおもう
ようやっと
嫌いなものになろうと
おもう
完璧に
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むなしい言葉の重なりに
わたしのあなたは
あらわれます
のぞんだ言葉の重なりに
わたしのあなたは
あらわれます
きれいな言葉の重なりに
あなたのわたしが
あらわれます
かわいた言葉の重なりに
あなたのわたしが
あらわれます
やさしい言葉の重なりに
わたしのあなたが
きえさります
すがしい言葉の重なりに
わたしのあなたが
きえさります
さびしい言葉の重なりに
あなたのわたしが
きえさります
あかるい言葉の重なりに
あなたのわたしが
きえさります
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
うつくしく帰れ、と
はかない願いを込めた
ささやかな窓辺は
永遠に失われない
ただし、代償はある
例えばそれは
老いる瞳
例えばそれは
老いる瞳の中の
いつわらざる面影
例えばそれは
老いる瞳の外にしか
生まれられない温度たち
信じた末の迷いの空を
一直線に雲がゆく
だれにも
剥ぎ取れない
剥ぎ取るべきではない
やわらかな羽が
永続の輪を
なぞり
ゆく
詩人:千波 一也 | [投票][編集] |
海岸線を走ると
凍てついた汽水の上に
オオワシが
見える
車通りのまばらな国道に吹く風は
きょうも横なぐり
どんなに晴天だろうと
いや、澄めば澄むほどに
ハンドルを
とられる
海風に弾かれた雪の隙間からは
冬をしのぶ草たちの
鎮火の色合いが見えて
やがて
ぽつりぽつりと
人家が姿を見せ始める
かつての
繁栄を証す看板たちの
役目を終えた形も
姿を見せ始める
トーチカが見たければ
さらなる海岸線へ
赴けばいい
ロマンスのついででも
メモリアルのつもりでも
知らずのうちでも
興味本位でも
さらなる
潮騒へ
赴けばいい
いずれの理由でも
特別に理由などなくても
おそらく
二度目はないだろう
何の気持ちもないままに
迎える二度目はないだろう
安易な言葉の総てを受け止めるようにして
安易な言葉の総てを拒絶するようにして
風穴は今この時も音を立てている
いまや
定かにはしがたい明るみの中で
拭えぬ強固な黒点を背負わされた無数の一瞬が
海風に運ばれて聴こえくる
逃れようなど幾らもあるというのに
晴れ渡る暖かな冬の一日だというのに
それを
彼ら、を
彼女ら、を
待たせているのが見えてしまう
こんなに遠い
こんなに浅い
海岸線を走っていても
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聞き耳を立てていた
厳しい言葉の迫る気配に
責める言葉の
迫る気配に
聞き耳を立てて
いた
口裏を合わせていた
障りのない言葉をえらび取り
結論付けない言葉を
えらび取り
口裏を合わせて
いた
成り行きを見守っていた
勢いづいてやまぬ炎の
勢いづいて
鎮まる炎の
成り行きを見守って
いた
私ならざる私になろうとしたのは
事実
でも、
私はやはり私でいたかった
誰にも聞かれない言葉ほど
私に無慈悲なものは
ない
独りになると、ひどく
寒い
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ふしぎな生きものが対岸におりましたので
わたしは急いで脱ぎました
なるべく丁寧に急いで
わたしはあらわになりました
しかしながら
湯茶の用意が整っておらず
先方はやや訝しげ
これはしまった、と
寒々しい桜を演じるしかないわたし
そんな
華麗な一部始終を
通りすがりの親子連れなどが
羨望の眼差しで
見ておりました
あたふたと
脱ぎ捨てた衣服やら肩書きやら魂やらを
集めていますと
置き引き!と、どこぞの貴婦人が叫ばれますので
いたしかたなくわたしは
ボディー・ブロー
ところが
どうやらわたしの所業は
物言いがかかったようです
あと数ヶ月のあいだ
ここを離れられない身となったので
俳句の手ほどきを雀の頭に申し出ました
体よく断られてしまったわたしは
おそらく架橋の材として優れていたのでしょう
気がつけば
わたしは何処にも見当たらず
棟梁の鼻歌だけが聞こえるのでした
そうして
橋へと姿を変えたわたしの上を
ふしぎな生きものが
渡っているような気配がするのです
嗚呼
一度でいいから
お話を伺いたいものだ、と
しくしく朽ちながら
わたしは
いずれの岸にもいないのです
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わたしの母は
一流の歌謡曲なのであります
酸いも甘いも知り尽くし
いまや図太く
強固です
わたしの父も
一流の歌謡曲なのであります
優しく厳しく漕ぎわたり
ようやく近ごろ
柔らかです
わたしの親のそのまた親も
きっと一流の歌謡曲だったに違いありません
ならばわたしも
歌謡曲でありたい、と思うのです
拳をにぎりしめて
唇をかみしめて