自分に優しい時は、人は守りに入るから他人を見る余裕が無く、他人に優しくと思えば、自分の事に考えが及ばないから、人を守る事に専念できる。人間を含め、動物は自分のためには弱くなるけれど、掛け替えのないものを守るためなら幾らでも強くなれる、そんな気がします。でも、現実はそんなに簡単ではありませんよね。優しい強さで守ってあげたいとぼくもこの作品を読んで思いました。
そっか。金子みすずの詩では「お母さんの心は私のことでいっぱいだから小さくて、私の心はお母さんのことでいっぱいにならないで、いろいろなことを思うから大きい」って言ってるけど、大きくなったら、それだけ誰かを想う気持ちが増えるんですね。(あれ?ちょっと違うかも…。)
夢ではなく現実に交わるときを信じて…また何をもって『夢』、『現実』なのか…わからなくなりますね…。現実において交わるその時がきますように。『君の心と溶け合って/言葉がなくても…』『夕闇の青に気づかされる/泣いてしまったのは…』が、殊更に印象的で…新着で読ませていただいてからいままで心に残っていました。
奇妙な幽霊屋敷と、不思議な幽霊を思い浮かべました…少し違うような気がするけど、ハリー・ポッターにでも出てきそうな…。不思議な空気を感じます。
「さみしくて悲しかったでしょ」や、「生きられるよ、きっと」など、励ましてもらっているような気がして、勇気をもらえます…。一票です。
なんか歩くことにわくわく感を覚える詩ですね。私は長距離歩くのは嫌いじゃないです。「歩くような速さで」。まさに、アンダンテ、ですね。(あれ?あってるかな?アンダンテって、「歩くような速さで」とかじゃなかったっけ??誰か音楽詳しい人…。間違えてたらすみません;;)
悲しいのに失礼ですが、映し出し描いた情景に一票です。