詩人:望月 ゆき | [投票][編集] |
2個で150円、
の うたい文句につられて買ったそれは
避暑地の出来事のように
ふわふわと軽く
わたしを照らし
黄色く、寄りそうのでした
夏のような酸味と
ひとくち目の
甘い、甘い、感触で
ずぶずぶと入りこんでしまったのは
わたしの落度だったのでしょう
苦い経験というものは
いつも
あとからやってきます
宙に浮かんで
満ちたり、欠けたり、
するわけでもないのでそれは
つなぐ手のなくなったわたしの右手で
ぐいぐいと搾られて
空気中に
ビタミンを散布しながら
枯れてゆきます
寄りそうそれを眺めていると
酸性の涙が流れてきて
150円とひきかえに
世界はまた
地球温暖化に悩まされる日々です
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低いオクターブで
朝を告げながら
高いところを
水が流れている
知らないあいだに またひとつ
季節をまたいでしまった
雲と空に距離が生じてゆく
そのすきまを
縫いながら、通過する
白く細い、機体の
声なき声
目に映らないものばかりが
ほんとうのことのような気がして
耳をすます
すると
空と雲の距離を、はかることができる
水面に反射する光は
ニセモノみたいに まぶしい
未来の方角へと
ゆっくりと、たえまなく流れている
あの、暑い日
飛んでいった白い帽子が
その川の向こう岸にあることを
知らないまま
からだのすべてを
耳にして
深い深い底から
それを眺めている
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パーティーは散々だった
おやすみ、のあいさつの方角へと
だいだい色のシロップが
ゆっくりと流れて
しだいに
粘性を増してゆく、
夜の
水の底で ゆうぺ、まき散らされて
わたしは
思いがけず 酸素と
語りあい、
結合し、そのまま
深いところまで おちてしまった
アサガオが
あしたの朝、ひとつも咲かない
夢をみた
パーティーは散々だった
フェイドアウトが得意なことばたちと
行ったきり帰らない
天気雨に打たれて
目を醒ますと 世界は
ソファの上を 細く
息苦しく、まわっていて
泣いたり
呼吸したり
おはよう、のことばを漏らすことすら
容易ではない
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かくすためだけの
キャミソールに飽きて
このごろは いつも
はだかで過ごしている
夏はまだ
わたしの腰の高さで停滞している
午後4時をすぎると
夕凪に 夏がとけてゆく
それは
ひこうき雲が空に消えるスピードとおんなじで
のこされた足跡ほど
不必要なものはないと
思い知らされる
ぜんぶとけてしまう前に
垂直にすべりこんで
夏を およぎ
夏を ただよい
夏を 掻いて、すすむ
遠くで水平線が
かろうじて空と海とを区別しながら
浮かんでいる
夜のあいだでさえ
季節はゆらいでいる
シーツの波間で はだかを纏(まと)い
目をこらして
まだ見えない、夏の果てを
感じながら ねむる
床の上で キャミソールは
つめたく、解き放たれる
夏はいまも
わたしのくるぶしの高さで反芻している
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クリープ現象で
夜をすべる
アクセルを踏みそこなった右足で
有明ランプをまたぐと
すこし遅れて
あした が きょう になる
うしろへと流れる景色を手がかりに
恋人だったはずの
あなたを、さがす
腕時計もライターも持ってない人だった
わかれる時はいつも
手ぶらの両手を、大きくふった
コンビナートのすきまから 灰色の
東京湾がチラッとのぞく
右足の重力が
闇の引力に負けそうになる
そんなときはきまって
あなたの匂いにつつまれる
遊園地も遠くの列車も夏も、おわってしまった
高速道路をおりると すぐに
ガソリンスタンドがまぶしく光る
交差点にぶつかる
あとひといきで、空だった
赤信号でとまった
また、走りだした
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あしもとから吸い上げたあしたの記憶が
葉脈をつたって
四肢に達し
やがて、蒸発してゆく
芽生えを待つからだに
クロスする
光合成の日々
涸れているのは喉なんかじゃなく
わたしの中心だった
ヒースの上では
流れ出るものはすべて
潤いとなり
太腿からしたたる
たとえば血液でさえも意味をもつ
ときどき 左の
てのひらにたまった雫のせいで
軸が揺らぐと 夜が
めまいの速度でおそってきて
あしたの記憶ばかりが増えてゆく
そうして また
わたしはそれを吸い上げる
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輪郭だけをのこしたまま
あのひとがいなくなってしまったので
いつまでもわたしは
ひとりと半分の体で過ごしている
明かりの消えた部屋で ひとり
アルコールランプに、火を点ける
ゆらゆらする青の輪郭が
あのひとをあぶりだして
とたんに わたしは、また
ひとりと半分になってしまう
子午線を、ひとりで越えるのがこわくて
昨日から見つからない場所で眠る
このごろは いつも
あのひとがよく話してくれた
行ったことのない砂漠の夢をみる
眠っているとき
輪郭のことは忘れていられた
朝が来ると
ひとり分の朝食をつくる
カレンダーは いつのまにか
夏を終えようとしていて
輪郭は、それを知らない
窓ぎわ
逆光の中に立ち
すんなり伸びたあのひとの輪郭の影に
わたしの影を重ねてみる
そうやって ときどき
ひとりになる練習をする
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空が割れて
夏で満たされたプールで
泳いでいる
さかなのアンテナで
誰とも触れることなく、すり抜けて
泳いでいる
すれちがう誰もさようならをうたわない
体の中心がどこなのか
わからなくなって
ときどき ゆらゆらしながら
不安定を保っている
まだ泳ぐことをしなかった頃は
バスに乗ったり
ときどきはハンドルもにぎった
縦列駐車が苦手なばっかりに
交差点をいく度も横切ったりして
余計に走った
前髪がじゃまだからね、って
あの人が笑って
わたしはすこし泣きそうになった
空の裂け目に立って
満水の夏へ
水しぶきもたてずにダイブをする
そんなことばかり、じょうずになった
プールの底には
国道がひろがっていて
交差点のずっと先にある、だいだい色の
「Uターン禁止」の道路標識だけが
まぶしくふくらんで
目に飛び込んでくる
きょう、髪を切りました
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深くまでつづいている
いつか見失った道の先にある、森で
夏の日
ぼくたちは、生まれた
頭上には空があった
ぼくたちと空の間を通り過ぎてく風があった
ふりそそぐものは、光
光とも見まごう、まぶしい未来
ぼくたちは歩き出した
手をつないで
どこに向かうかなんて決めてなかったけど
それでよかった
立ちどまることを忘れてぼくたちは
屋根までつづくツタをのぼったり
ときどき
追いかけてくる雨雲から逃げて
猛スピードで走った
空はいつも青いわけじゃなく、風は心地よいばかりではないと
いたずらに知らされた
未来からはみだして、
世界から隔離されたところで
生きてるみたいね、って
だれかが言ったけど
みんな聞こえないふりをしていた
もう、夢の中でしか夢を見るのはやめよう
いろんなこと忘れてしまったけど
手をつなぐことだけ、忘れなかった
丸く、ガラス玉のように危ういその上で
きりがないほど笑って
何万回も見た夢のことや
ときどきふいにおそってくる思いを忘れた
忘れたふりをして今を笑った
手をつなぐことだけ、忘れなかった
夏の日
ぼくたちは生まれた
いつか見失ってしまった道の先にある
あの森で
光りかがやく未来とともに
なにひとつ手に入れてないけれど
なにひとつ失ったものはない
つないだままの手のひらの間に
入りこんだままの
あの日ふりそそいだ光のカケラ
ぼくたちはいつか
つないだ手をほどいて気づく
未来はずっと
この手の中で生きていた
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平均台の上を歩くみたいに、生きてる
両の手を横にのばして、バランスをとる
あせってはだめ
はしるなんて、なおさら
足もとばかり、見ている
けど、前を向いたほうがキレイだってことは、知ってる
まだ、前を向けるほど、上手に生きれてない
このごろじゃあ、
つま先から3歩分ほど向こうを見ることくらいならできるようになった
すべて、そんなことからはじまるのだから
それでよし、としている
ときどき、風に揺らされる
揺らされるときは、それにまかせて揺れよう
受け止めるということ
足は、止めていればいい
風をよけて早足になってはだめ
簡単なことのようで
それは案外、難しい
平均台はなかなか終わりがみえない
それを受け止めて
両の手はのばしたまま
さいごはジャンプできめよう