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弐號試滅【実動風紀】 肉之章A
2010/12/18(Sat) 昏迷の中から目醒めた田中莉那の目に最初に止まったのは、管理室の壁に掛けられた田中食肉のロゴだった。 赤く濡れているその社章を見て尚、記憶の糸が縺れた莉那には事態が思い出せない。異様な吠え声が辺りを呑み尽しているが、莉那は未だに覚醒しきれていない。だから視界も、聞こえてくる音も、記憶も、事態も、把握できないのだ。身動ぎ(みじろぎ)し、体を起こそうとしたら、いきなり頭を天井にぶつけた。あれ? 「っ! 副委員長っ 好かった…っ! 目が醒めたぁっ!」 「……外、狩?」 「危ないっ 動かないで、動…!」 莉那は管理室のロッカーと天井の間の六十センチメートルほどの隙間に、自分が寝かせられている事に気づいた。見ると、ロッカーは十数匹の興奮した犬に包囲されている。 莉那と同じく飼育委員の外狩三矢子(とがりみやこ)が、抱きすくめるような形で自分を不注意に起き上がろうとした自分にしがみ付き引き留めた。 莉那は思い出す。 ああ、社章の前には。兄である田中竜也が蹲っているはずだ。尻もちをつき、上体が前に折れているはずだ。 「兄さん……」 莉那は知っている、屑折れた兄の背中には巨大な穴が空いている事を。竜也が坐りこむ辺り一面を覆う血だまりと、壁を飾る、酸化が進み濁った赤茶色のペイントは彼を起源としている事を。 莉那は思い出す。 立て続けの銃声を、犬の悲鳴を、人間の悲鳴を、凶悪な武器を手に現れた怪物を。 訓練された番犬の群を蹴散らし、警備係たちを撃ち殺し、この厳重に防護された田中食肉の敷地に、生徒総聯に自治を与えられた私たちの王国に侵入した、猛悪な侵入者を。 猟銃を携え女物のジャケットを羽織った、不気味なほど無表情な男。酷く好々とした口ぶりで、禍々しい詩を唱え、奴は、『アヤメ』は、犬どもを解き放った。 「外狩…」 「は、い。。」 「……他の、皆は?」 「……」 莉那の王国、田中食肉は餌場と化していた。 ロッカーの上から恐る恐る顔を覗かせ、兄が倒れているはずの辺りを見降ろす。 すると飢えた犬が凄まじいジャンプ力を発揮し、二メートル余りも跳び上がりロッカーの下を覗こうとした莉那の顔面に喰らい付きそうになった。莉那は息を呑み悲鳴を上げて頭を引っ込める。 「副社長っ!」 総聯から、救援は来るかしら。がむしゃらに打ちまくる心臓に翻弄されながら莉那は考える。 どうしよう? どうしたらいい? 粗く息をする莉那を抱きすくめ、外狩は囁いた。 「副委員長… 目を覚ましてくれて好かった。逃げましょう!」 「ええっ!? 無理!!」 「無理じゃありません。総聯の部隊が来たら、責任を問われて晒し首だわ」 「ま」 私は絶句した。 「まさかそんな… だって、わた、私たち悪くないじゃ…」 「私たちは自治を生徒会に与えられていて、それは危機管理を含めます。今回のこれは失態です」 外狩は苛々と言葉を繋ぐ。 こんな大量の獣の発生源田中食肉しか考えられない、総聯の部隊は今に来るだろう。もっとも、それを救援ととらえるべきか。こんな失態を犯した我々、食肉飼育委員会『田中社』を総聯は果して助けるだろうか。それはあまりにムシのいい考えではないか。 我々は耶賀瀬に、生徒会に、殺されるのではないか。 「今消えれば、犬に食われたことにして胡麻菓せるわ」 「に、逃げるって、どこに…」 「どこへでも。逃げると言っても、そう長く逃げ切る必要はありません。私はもう十七歳になるし、副委員長ももう十六でしょう? 逃避行の必要が有るのは、『ほんの二〜三年です』」 「……。」 言われてみればまあその通り、数年だけなら逃げ切れる気もしてくるから不思議だ。昨今の天地覆滅の情勢が、こんな形でプラスになるとは。 ☆★☆ 「班長命令だ」 天下は『円華』を振りぬき、号令を下した。 「一人も死ぬな!」 突進してくる野犬群に斬り込む。「応」の合唱が、「続けえぇぇぇっ!」という紀美の絶叫が、起こる。 浮浪霊
めも
2010/12/20(Mon) 苦しむ貴方は綺麗だよ 浮浪霊
メモ
2010/12/26(Sun) けたたましく鳴り響く筈だった目覚まし時計は死んだ。いや、殺されたのだ。犯行時刻は本日午前四時半ごろ、踵落としの炸裂という壮絶な形での最後だった。 ああ、蒲団が天使御華を放してくれない。 ☆★☆ 今日も天が口を開け、僕が飛び降りるのを待っている。 ☆★☆ 浮浪霊
弐號試滅 【実動風紀】 肉之章B 推敲中
2010/12/29(Wed) 南区分校周辺に配属されていた生徒会役員野田子之明(このはる)の不気味な死骸と対面し、三番班の面々は、恐らく怖れ戦いていた。 どうして『恐らく』なのかというと、天下を始め彼女たちはあらゆる逆境に躁的な興奮を偽ることで対処する事を覚えた哀れな子供たちだったからであり、死や危険を前にしても嘆くより先に嗤いだす種類の欠陥を皆負っていたからだ。 死んでいた。 だが、食い荒されてはいない。野田子之明役員、そして彼と共に無残な姿をさらす六人の生徒指導部員は、人間の牙にかかって死んでいた。 南区の生徒指導部一隊は、その全員が撃ち殺され果てている。それぞれ後ろ手に腕を縛られ、背後から銃撃されて。 一方で指揮官だった野田子之治の死骸は『一風変って(天下談)』いた。 椅子に縛り付けられ、首を咬み裂かれている。 咬み跡は明らかに人間のものだ。 「はてさて、何処の気狂いでしょうか」 へらへらと元役員を緊縛から解放しながら、天下は問う。 「駄目ですよ代理、それは障害者差別です」天下の問いかけに、真面目ぶって榎木が抗議する。 「じゃあ、どこのえーっと、あっと、殺人鬼かな」 すかさず紀美がツッこむ。「ひどい。鬼がかわいそうっス」 「お前らは私になにを求めているんだ」 「…気前良く弾を使う奴だな」 部員たちの死骸を点検していた日美(イルミ)が呟いた。 縛り上げた以上、ナイフでも鈍器でも事足りたろうに。そういう意味での言葉だ。 「人道的に殺したかったんじゃね」と天下。猿ぐつわを外そうと試行錯誤しているが、野田子之治だったものが痛烈に歯を食いしばっているため、どうにもうまくいかない。 「野田先輩とか喉笛食い千切られてるんですけど…。敢えて言うなら獣道?」 「じゃあ面倒くさかったんじゃね」他の殺し方が。 「面倒くさいのは貴女じゃね」考えるのがさ。 天下ははぎ取るようにしてようやく死体を猿ぐつわから解放する。失血死ってのは普通もっと脱力状態で死ぬもんじゃないのか。 「こいつらは」 天下は恐怖の表情で硬直した野田役員の頭をぺしぺしはたくと、職員室内に展開し状況を調べていた三番班班員一同に向き直りのたまった。 「かわいそうに志半ばにして散ったわけだが、我々はその夢と希望を引き継ぎ明日を目指す。勇敢だった彼らを我々は決して忘れないだろう」 「「「「「「あはははは」」」」」」 「吞気ですね」 感情というものの感じられない声。 唐突に、藤木咲誇(ふじきほこる)が話に割り込んできたのだ。 彼女は六式戦棍を右手に、叩き潰した野犬の屍を左手にぶら下げ、職員室の入口に立ちつくしている。 「アヤメは今も周辺に潜伏していて、私たちを狙撃しようとしているかもしれないのに」 「……」 声音こそ無機質だったが、その口調には明らかに非難の色が有る。藤木咲誇は、様子が異状しかった。 普段から感情の起伏が小さく、黙りこくっていることも多く、どちらかと言えば足手まといな、風紀委員会闘犬飼育係の少女。 犬を構う時わずかに緩む彼女の表情。叩き潰された犬の死骸を手に強張った彼女の表情。 全員が腑を抜かれたように絶句し、三番班は異様な雰囲気に包まれた。それぞれが、己の握りしめる武器に目をやり、それら棒切れ鉄棒の頼りなさに怖めき、浜川天下に目を向ける。 不安げに。 だが浜川天下は、いつもそうであるように、この時も笑っていた。 「じゃ、行こうか? 埋葬とか後でいいさね」 張りつめた空気が凍解する。榎木秀次がほっとしたように、 「え… 今やっといた方が… 腐乱とか考えると…」 「埋めながら野犬の群に襲われるとかいやん。犬を先に始末しちゃわないと掘り返されちゃうだろうし」 「もういっそ犬に食われたってことにしちゃいません? 戸を開けとけば既成事実に成るっスよ」紀美がふざける。 「うーん、『アヤメ』がなんか痕跡残してるかも知んないから却下」 がやがやと退場していくパーティ。咲誇の両脇を次々と擦り抜けてゆく。 日美だけが立ち止る。 ほんの少し咲誇の手を握ると、彼女もまた先を急いで行った。 壊滅した職員室を眼前に、南無阿弥陀仏と、咲誇は呟く。そして踵を返し、仲間たちの後を追っていった。 天下たちは分校(正確には元市立明成中学校の職員室)を後にし、扉を厳重に閉鎖した。 南区分校周辺には、十匹余りの犬が転がっている。 最初は三〜四倍の数がいて避難民だったものを貪っていたのだが、二匹ほど轢き殺し、投入された爆竹の爆音で大半が退散し、残りは三番班に屠られた。江藤基(えとうはじめ)と香取怜美(かとりれみ)バカップルの提案で、あるいは犬よけに効果が有るやもという発想から有効利用されることとなり、天下率いる先入隊が職員室を洗っていた間、留守番を兼て残った班員たちで犬をバスに括りつける作業にあたっていた。 地域学民は有時には分校に避難する手筈となっていたのだが、これはいい感じに大失敗したようだった。 分校の配属会員が根こそぎ殲滅されてたせいで校門を開く者さえ居らず、鉄格子が張られた窓は避難民の侵入を拒んみ、結果犬どもに体の好い餌場を提供するに終わった。 「すげーなー、あっという間に骨まで食い尽しちゃうんね」 「よほど腹を減らしているんでしょうね」 「何人くらい逃げて来たのか見当もつかないくらいだなあ」 感服したような天下に、咲誇は呟く。 浮浪霊
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