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boys never CRY
2013/01/20(Sun) 死んで宙に浮いたようになってしまったオレは、若い人が多いから心配ないよと説く貼り紙に後押しされてその会合を訪れた。 破りとった貼紙に書かれた地図を頼りに死都を行く。 脱色されたように白くうらぶれた街並みを散々さまよった挙句、友達できるかしらなどと考えながら、とうとうその中華料理店の個室にオレは辿り着いた。 会合とやらはまだ始まっていないようだった。ワイワイと談笑する一団があり、室内はうそ臭いほど賑やかだ。一見人が集っているように見えたが、目をしばたいてよくみると本性が知れた。 白い、そびえ立つような影どもが列席してオレを待っていた。 「あの」 震える声でそういうと、影どもはぬっと振り向いた。 オレはたじろいだが、気を強く持って、問いかけた。 「病没者の会とは、ここでしょうか。」 *** 「揃いましたね」 オレが着席すると、到着を待っていたかのように影が一人立ち上がり、参加者の群れを見渡し話し始める。 「えー、皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました」 立ち上がった影は参加者の一人一人と顔見知りにあるようだった。 影が一堂に会した魑魅魍魎どもを甲高い声で歓迎すると、ぱちぱちまばらな拍手が起こった。 顔見知りへの挨拶が済むと、オレの方を見て、嬉しそうに言葉を連ねた。 「新しい顔も増え、この会も日に日に大きくなりつつあるようです。お亡くなりになったばかりで不安も有るかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」 ニコニコしながらそう言って、主催者と思しき影は、オレとあと一人の少年に会釈した。その少年は影達のなか唯一人間の形をしていて、不安そうに視線をあちこちに向け彷徨わせた。オレと目が合って、彼は少しおびえたように瞳を震わせて強張った笑みを浮かべた。オレと同様、彼も初めての参加であるらしかった。 「この会の趣旨としましては、えー、なかなか実感する機会のない生きることの素晴らしさ、それを死病と言う稀有な体験を通じて体感する事のできた方々にお集まりいただき、えー、共有して行こうという趣旨でございまして、えー、それでは皆さん、自己紹介からお願いいたします」 影の一つが立ち上がり、話し始める。 「私は神経性の麻痺で死にました」 「体の自由が徐々に利かなくなっていくという?」 「ええ、苦しいものです。最後には息もできなくなるのですから」 「だからこそ沁みる、人の温かさ」 「みにしみます」 男性が座ると、彼の隣に座る影の番だった。 「私はアミノ酸を分解できない体質でした」 「苦しかったでしょう!」 「ええ、でも、夫が支えてくれました」 まるで生きた人間の集会だ。居心地の悪さを感じ、オレは席で一人もじもじしている。 新顔の少年も予期しない明るい雰囲気に驚いて口を半開きにしていた。 参加者の自己紹介とスピーチは延々と続き、オレは早くも失望して帰りたくなる。 あれだけの苦しみの果てにやっと生き絶えたと思ったら、死んでなおこのような胡散臭い茶番に付き合わされる事になろうとは。 しかも、どうやら会員の後には新顔の番が待っているようだと気づき、オレは緊張して吐きもどしそうになった。 昔からオレは人前に立って話すことに病的な恐怖を覚える性質なのだ。だが、彼が顔色の悪いオレを心配そうに見ていることに気づくと、気を取り直しもうちょっといようと決めた。 オレは左右の参加者に促されて立ち上がることを強いられる。 「僕は、僕は」 オレはその男の子に笑いかけ、カラカラに乾いた喉に潤そうと虚しく喉を鳴らした。 「癌になって死にました」 「癌!」 「治療が大変だったでしょう」 「そ、そうですね。抗がん剤の副作用で、勉強が遅れて悩みました」 参加者たちはうんうんと盛んに頷き、口々にオレに問いを投げかけた。 「人の温かさが、身に沁みたでしょう」 「世界が違って見えたでしょう」 「そ、そうですね? いや、どうだろう。僕は、あまり人と関われないたちでしたから・・・」 あたりは静まり返った。 空気を読まないオレに対する彼らの不快感が伝わってきて、恐ろしい。 生涯に渡りオレを悩ませた、決して外に向けられることのない憎しみがまた沸き起こるのを感じる。 オレは言葉もなく着席し、新顔の少年の番が来た。 「僕は・・・ 全身火傷です」 「事故ですか」 「いいえ、体質です。日の光を浴びると焼き爛れるという生れつきの奇病だったんです」 「なんと」 「凄まじい・・・」 「ご両親は辛かったでしょうね」 「はい」 「さぞご両親はご自身を責められたことでしょう!」 「は? あ・・・ええ。母は沢山泣きました」 「今際の際には何を? 何か発見はありましたか?」 「僕は・・・自分が最後まで一人だったことが悲しかったです。もし生まれ変わったらとしたら、人間、死ぬ時は一人なのだな〜って…… だから、たぶん僕の発見は……」 誰かがふん、と鼻を鳴らし、何人かから苛立たしげにため息を漏らす。白けた様な反応に、男の子は、黙ってしまったので、彼がどんな発見をしたのかはわからずじまいだった。 彼もまた着席した。 *** 「愛するものの流してくれる涙。何物にも替え難い」 「全くです。最後の最後で縋りつくことを許してくれる温かな絆の存在。その価値に気づけただけでも死にかける価値があったというものです」 俯いてしまった少年と、縮こまっているオレをよそに、参加者たちは雑談に興じる。 オレは言葉が出ない。生まれてから死ぬまでこうだった。人前に出ると言葉が出てこない。 子供のころはまだマシで、一対一なら饒舌になれた。だがもう少し大きくなると、人と会ったり話したりが出来なくなった。 頭の中でぐるぐるぐるぐる言わなければならない言葉を念じる。 オレは普段通りでした。 ほう、と賞賛とも取れるあちこちからもれるのを想像する。 (逆境の中にあっても普段通りであれるように努めたということですよね) (素晴らしいことです) おお、それは違うのです・・・ オレはどう言えばわかってもらえるのかがわからず戸惑うはずだ。 オレは単に、死ぬ間際になっても、なんら特別な発見も無く、何も特別なこともできず、残された時間を無為に使い果たし無意味に死んだのです。 「死ぬ時、誰のことを考えていましたか?」 女性の声をしたものに、唐突に問いかけられた。 影はオレを会話の輪に引き込もうとしているらしかった。 出来れば答えたくない問いだったが、オレは嘘をつけるほど器用ではなかったので、正直に答えるしかなかった。 「・・・テストのことを考えていました」 「テスト?」 「テストです。期末試験が近かったのです」 「癌に痩せ細り死ぬ間際に、テストのことを考えていたというのですか?」 「はい」 病没者たちは又も戸惑ったように沈黙した。 彼らの困惑に非難めいたものを感じ取り、オレはますます居た堪れなくなる。 「・・・でも、死を前にしてそんな矮小な。そんな小さな事は、吹き消されてしまうのではありませんか」 女性の声をしたものが半信半疑で訊いてくる。 オレは耳を澄ませ目を凝らす。 困ったような、戸惑いを浮かべた善良な面々の正体が知れる。 白い影に目玉のような黒いシミが浮き出る。メキメキパチパチという生木の爆ぜる様な音がする。 オレは怖くなった。昔から、恐れはオレを正直にする。 「ぼ、僕は僕は、わかりません・・・」 ひときわ大きく、弾けるような音がし、静まり返った。 「・・・何にせよ、最期まで耐え抜き頑張り抜いたということだけでも賞賛に値します」 「ええ、そうですとも」 オレが原因の沈黙。 オレはこういう時、自分なんて鬼にでも食われちまえと思う。 手が勝手に震え出す。心が白熱したようになり思考が利かなくなる。発作だ。 「・・・あなたは、どうでしたか?」 必死の思いで、オレは新顔の少年に話を振った。早く抜け出したい一心だった。 「え…… ボクは」 少年は俯いたまま、消え入りそうな声で答えた。 「ボクは、耐えられませんでした」 「・・・え」 「耐えきれず、ボクは命を絶ちました・・・ 腹を突いて、死にました」 「おお」 「おお、おお」 オレも驚いたが、他の病没者たちの反応はオレの比ではなかった。 病没者たちはざわめきだす。 様子がおかしい。 白い影どもが、悶える様に体を揺らし始め、もともとそびえ立つようなその巨体がますます巨大化し、少年を見下ろした。 少年は、目を丸くして絶句した。 「貴方は恥ずかしくないのですか、そのように命を粗末にして」 「ボクは」 「生きたくとも生きられない命が、日々世界中で失われてるというのに」 「それは」 「おお、おお、この罰当たりめ。そんなに死にたいなら」 影は、さっと、黒く染まった。 「俺の分まで、お前が死ねば良かったんだ」 怯えたように小さくなった少年に、会を主催する大きな影が覆いかぶさった。 何が起こるのか予感し、オレはやっと自分たちがここに来たのが間違いであったことに気がつく。オレはとっさに少年の手を取り、逃げて駆けようとしたが、無駄だった。 影どもの力は凄まじく、掴み取られた彼はビクともしなかった。 少年の形をしたものは甲高い悲鳴を上げた。 彼が齧られる音を聞きたくなくて、オレは耳を押さえた。 *** オレは、オレは、テスト勉強をしてました。 病気が原因でテストに失敗したら親は何というだろうかと、ただそればかり恐ろしく、あのおぞましい抗癌剤の点滴を受けながら教科書を読みました。開けているのも辛い血走った目に負担をかけたため、視力はみるみる落ちました。 親はそんなオレを見て褒めてくれました。 こんなひどい有様の、病み痩せ細ったオレを見て、彼らは満足そうでした。 こんなになってまで勉強するオレを見て、見直したと言ったものでした。 死に逝くオレを自慢に思うと言いました。 ああ。 死の間際。オレは看護師さんに言いました。 ああ、オレは、オレは。 ……僕は、何のために生まれてきたの。 *** オレは唐突に我に返る。 少年の吠え声だった、あちこちの肉をかじりとられ酷く損ねられた少年が吠えていた。 彼は、何か凶器を持っていた。 おそらくそれは少年が腹を突くのに使ったというナイフだろう。 少年の形をしたものは白い影の群に頭からかじられてしまい、立って歩いてこそいるものの死骸のようなものだった。涙のようなものを流しながら生きているようにヒョコヒョコと、泣く事と叫ぶ事だけは途切れなく。 病没者たちは怨霊だ、怨霊だぞと口々にザワザワ騒ぎ立てていた。少年は慄く彼らを次々と、掴み殺し千切り捨てていく。 病没者たちは、皆殺しにされようとしていた。 オレは全身の力が抜けてしまい、その場で座り込んでしまって、病没者たちが屠られていくのを、ただ見ている。 彼らに同情は感じなかった。早く死ねばいいと、そう思った。 *** 病没者たちを再殺し尽くすと、少年は立ち尽くして泣きだした。オレは彼の手を引いて、建物から連れ出した。 「どこにいくの」 血を流し泣きながら、彼は僕に問いかける。 「天国って知ってる?」オレは上の空で答えた。「一緒に天国に行こう」 彼は答えなかった。 「きっと、どこかにあるはずだよ。みんな言ってるもの」 「・・・」 「ねえ」 話し続けようとしたが、言うべき言葉など無いことに気づく。 オレは唇を噛んで、彼の手をただ握りしめる。 彼が僕の手を握り返してくれた時。 白骨を思わせる病的な白い街並みを彷徨い歩きながら、 オレは他人に触れてもらえたのは一体いつぶりだろうかと考えた。 浮浪霊
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