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浮浪霊の日記

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プロフィール
詩人名 : 浮浪霊
詩人ID : strayghost
年 齢 : 37歳

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倭秦合睦 〜Japan-China Amity〜
2013/01/29(Tue)


お前が好きだよという朱絳(ジュ・ヅィァン)を、あたしは嘘だと怒鳴りつけた。
お前の気持ちに応えてやってもいいよという彼女の言葉を、あたしはそれは気の迷いだと撥ねつけた。


【倭秦合睦 〜にっちゅうゆうこう〜】


どなるあたしを、彼女は困ったような、驚いたような… 
ひどく戸惑った表情で見つめた。
彼女は繰り返す。

「嘘じゃない」
「いいや、君(ジュン)は嘘を吐いている。君の、僕(プウ)への愛は」


あたしは朱絳の肩を両手での唇を奪った。
彼女は体を大きくふるわせ、あたしを振りほどこうとする


「紛い物…… そう、瞞しだ・・・!」


私は体格的優位を利用し、彼女に蔽いかぶさり押し倒した。
朱絳は力強く抵抗したが、腕を振り回すなど暴れたりはしなかった。
私を傷つけまいとしているらしかった。

触れ合わんばかりに顔を寄せ、彼女の耳元に唇を寄せ。

私は囁く。


それが違うというのなら、君が僕に抱く愛が
嘘ではないというのなら。
姉様(ズィーヤン)、

僕は君の特別になれますか

君は僕を愛してくれますか

僕を、僕だけを愛してくれますか。

どうか誓ってください 僕以外を見ないと

僕が君の唯一無二になれないなら、僕は君なんていらない


朱絳は抵抗を止め、ただじっとあたしを見つめた。
あたしには、彼女の見せる悲しそうな表情が理解できなかった。
唐突に胸が詰まりそうになる。
あたしは当惑し朱絳を睨みつけ、ドスの利かせた嗄れ声で命令した。

「はい、と言え」

姉様は酷く長いこと、黙ってあたしを見ていたが、遂に口を開き、
牧大岡りつ、愚かしく邪悪な、私のかわいい人。
おまえは私の【唯一】になど成れはしない
他の誰も、私の【ただ一人の特別な人】になど成れはしない
この世界は、私とおまえの二人だけで成り立っているわけではないのだから。

お前は、別に掛け替えなくなんてないかもしれない。
かわりだっているかもしれない。
それでも、私は私が与えられる限りの、ありったけの愛をお前に与えたい。

それで満足できず、お前が唯一でなきゃ駄目なのだと言い張って私の愛を拒絶するというのなら。

(姉様は、私の背後に目をやった。彼女が、神棚に飾られた聖書を見ているのを、私は直観した)

お前のことなど知るものか。
神か、それか犬にでも愛してもらえばいいだろう。


耐えがたい拒絶の言葉を紡ぎ終え、姉様は最後に、静かに締めた。

「どけ」

姉様を拘束するあたしの腕は、熱を帯び震え始めた。
一瞬にして白熱したように、言い知れぬ激痛が走り、
あたしは悲鳴を上げ、飛びのいた。

「姉様、なんでなの」
あたしは嗚咽を漏らし、上半身を起こした姉様を謗る。
「簡単なことなのに。ただ【誓う】と言うだけなのに。嘘でもいいのに!」
跪いたあたしを、姉様は抱きしめた。あたしは彼女にしがみつき咽び泣き慟哭する。

「どうして、言葉にしてくれないの」

 

浮浪霊

boys never CRY
2013/01/20(Sun)


死んで宙に浮いたようになってしまったオレは、若い人が多いから心配ないよと説く貼り紙に後押しされてその会合を訪れた。


破りとった貼紙に書かれた地図を頼りに死都を行く。
脱色されたように白くうらぶれた街並みを散々さまよった挙句、友達できるかしらなどと考えながら、とうとうその中華料理店の個室にオレは辿り着いた。
会合とやらはまだ始まっていないようだった。ワイワイと談笑する一団があり、室内はうそ臭いほど賑やかだ。一見人が集っているように見えたが、目をしばたいてよくみると本性が知れた。
白い、そびえ立つような影どもが列席してオレを待っていた。
「あの」
震える声でそういうと、影どもはぬっと振り向いた。
オレはたじろいだが、気を強く持って、問いかけた。
「病没者の会とは、ここでしょうか。」

***

「揃いましたね」
オレが着席すると、到着を待っていたかのように影が一人立ち上がり、参加者の群れを見渡し話し始める。
「えー、皆様、本日はお集まりいただきありがとうございました」
立ち上がった影は参加者の一人一人と顔見知りにあるようだった。
影が一堂に会した魑魅魍魎どもを甲高い声で歓迎すると、ぱちぱちまばらな拍手が起こった。
顔見知りへの挨拶が済むと、オレの方を見て、嬉しそうに言葉を連ねた。

「新しい顔も増え、この会も日に日に大きくなりつつあるようです。お亡くなりになったばかりで不安も有るかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
ニコニコしながらそう言って、主催者と思しき影は、オレとあと一人の少年に会釈した。その少年は影達のなか唯一人間の形をしていて、不安そうに視線をあちこちに向け彷徨わせた。オレと目が合って、彼は少しおびえたように瞳を震わせて強張った笑みを浮かべた。オレと同様、彼も初めての参加であるらしかった。

「この会の趣旨としましては、えー、なかなか実感する機会のない生きることの素晴らしさ、それを死病と言う稀有な体験を通じて体感する事のできた方々にお集まりいただき、えー、共有して行こうという趣旨でございまして、えー、それでは皆さん、自己紹介からお願いいたします」
影の一つが立ち上がり、話し始める。
「私は神経性の麻痺で死にました」
「体の自由が徐々に利かなくなっていくという?」
「ええ、苦しいものです。最後には息もできなくなるのですから」
「だからこそ沁みる、人の温かさ」
「みにしみます」
男性が座ると、彼の隣に座る影の番だった。
「私はアミノ酸を分解できない体質でした」
「苦しかったでしょう!」
「ええ、でも、夫が支えてくれました」
まるで生きた人間の集会だ。居心地の悪さを感じ、オレは席で一人もじもじしている。
新顔の少年も予期しない明るい雰囲気に驚いて口を半開きにしていた。
参加者の自己紹介とスピーチは延々と続き、オレは早くも失望して帰りたくなる。
あれだけの苦しみの果てにやっと生き絶えたと思ったら、死んでなおこのような胡散臭い茶番に付き合わされる事になろうとは。
しかも、どうやら会員の後には新顔の番が待っているようだと気づき、オレは緊張して吐きもどしそうになった。
昔からオレは人前に立って話すことに病的な恐怖を覚える性質なのだ。だが、彼が顔色の悪いオレを心配そうに見ていることに気づくと、気を取り直しもうちょっといようと決めた。
オレは左右の参加者に促されて立ち上がることを強いられる。
「僕は、僕は」
オレはその男の子に笑いかけ、カラカラに乾いた喉に潤そうと虚しく喉を鳴らした。
「癌になって死にました」
「癌!」
「治療が大変だったでしょう」
「そ、そうですね。抗がん剤の副作用で、勉強が遅れて悩みました」
参加者たちはうんうんと盛んに頷き、口々にオレに問いを投げかけた。
「人の温かさが、身に沁みたでしょう」
「世界が違って見えたでしょう」
「そ、そうですね? いや、どうだろう。僕は、あまり人と関われないたちでしたから・・・」
あたりは静まり返った。
空気を読まないオレに対する彼らの不快感が伝わってきて、恐ろしい。
生涯に渡りオレを悩ませた、決して外に向けられることのない憎しみがまた沸き起こるのを感じる。
オレは言葉もなく着席し、新顔の少年の番が来た。
「僕は・・・ 全身火傷です」
「事故ですか」
「いいえ、体質です。日の光を浴びると焼き爛れるという生れつきの奇病だったんです」
「なんと」
「凄まじい・・・」
「ご両親は辛かったでしょうね」
「はい」
「さぞご両親はご自身を責められたことでしょう!」
「は? あ・・・ええ。母は沢山泣きました」
「今際の際には何を? 何か発見はありましたか?」
「僕は・・・自分が最後まで一人だったことが悲しかったです。もし生まれ変わったらとしたら、人間、死ぬ時は一人なのだな〜って…… だから、たぶん僕の発見は……」
誰かがふん、と鼻を鳴らし、何人かから苛立たしげにため息を漏らす。白けた様な反応に、男の子は、黙ってしまったので、彼がどんな発見をしたのかはわからずじまいだった。
彼もまた着席した。


***

「愛するものの流してくれる涙。何物にも替え難い」
「全くです。最後の最後で縋りつくことを許してくれる温かな絆の存在。その価値に気づけただけでも死にかける価値があったというものです」
俯いてしまった少年と、縮こまっているオレをよそに、参加者たちは雑談に興じる。
オレは言葉が出ない。生まれてから死ぬまでこうだった。人前に出ると言葉が出てこない。
子供のころはまだマシで、一対一なら饒舌になれた。だがもう少し大きくなると、人と会ったり話したりが出来なくなった。
頭の中でぐるぐるぐるぐる言わなければならない言葉を念じる。
オレは普段通りでした。
ほう、と賞賛とも取れるあちこちからもれるのを想像する。
(逆境の中にあっても普段通りであれるように努めたということですよね)
(素晴らしいことです)
おお、それは違うのです・・・ オレはどう言えばわかってもらえるのかがわからず戸惑うはずだ。
オレは単に、死ぬ間際になっても、なんら特別な発見も無く、何も特別なこともできず、残された時間を無為に使い果たし無意味に死んだのです。
「死ぬ時、誰のことを考えていましたか?」
女性の声をしたものに、唐突に問いかけられた。
影はオレを会話の輪に引き込もうとしているらしかった。
出来れば答えたくない問いだったが、オレは嘘をつけるほど器用ではなかったので、正直に答えるしかなかった。
「・・・テストのことを考えていました」
「テスト?」
「テストです。期末試験が近かったのです」
「癌に痩せ細り死ぬ間際に、テストのことを考えていたというのですか?」
「はい」
病没者たちは又も戸惑ったように沈黙した。
彼らの困惑に非難めいたものを感じ取り、オレはますます居た堪れなくなる。
「・・・でも、死を前にしてそんな矮小な。そんな小さな事は、吹き消されてしまうのではありませんか」
女性の声をしたものが半信半疑で訊いてくる。
オレは耳を澄ませ目を凝らす。
困ったような、戸惑いを浮かべた善良な面々の正体が知れる。
白い影に目玉のような黒いシミが浮き出る。メキメキパチパチという生木の爆ぜる様な音がする。
オレは怖くなった。昔から、恐れはオレを正直にする。
「ぼ、僕は僕は、わかりません・・・」
ひときわ大きく、弾けるような音がし、静まり返った。
「・・・何にせよ、最期まで耐え抜き頑張り抜いたということだけでも賞賛に値します」
「ええ、そうですとも」

オレが原因の沈黙。
オレはこういう時、自分なんて鬼にでも食われちまえと思う。
手が勝手に震え出す。心が白熱したようになり思考が利かなくなる。発作だ。
「・・・あなたは、どうでしたか?」
必死の思いで、オレは新顔の少年に話を振った。早く抜け出したい一心だった。
「え…… ボクは」
少年は俯いたまま、消え入りそうな声で答えた。
「ボクは、耐えられませんでした」
「・・・え」
「耐えきれず、ボクは命を絶ちました・・・ 腹を突いて、死にました」
「おお」
「おお、おお」
オレも驚いたが、他の病没者たちの反応はオレの比ではなかった。
病没者たちはざわめきだす。
様子がおかしい。
白い影どもが、悶える様に体を揺らし始め、もともとそびえ立つようなその巨体がますます巨大化し、少年を見下ろした。
少年は、目を丸くして絶句した。
「貴方は恥ずかしくないのですか、そのように命を粗末にして」
「ボクは」
「生きたくとも生きられない命が、日々世界中で失われてるというのに」
「それは」
「おお、おお、この罰当たりめ。そんなに死にたいなら」
影は、さっと、黒く染まった。

「俺の分まで、お前が死ねば良かったんだ」

怯えたように小さくなった少年に、会を主催する大きな影が覆いかぶさった。
何が起こるのか予感し、オレはやっと自分たちがここに来たのが間違いであったことに気がつく。オレはとっさに少年の手を取り、逃げて駆けようとしたが、無駄だった。
影どもの力は凄まじく、掴み取られた彼はビクともしなかった。

少年の形をしたものは甲高い悲鳴を上げた。
彼が齧られる音を聞きたくなくて、オレは耳を押さえた。


***


オレは、オレは、テスト勉強をしてました。
病気が原因でテストに失敗したら親は何というだろうかと、ただそればかり恐ろしく、あのおぞましい抗癌剤の点滴を受けながら教科書を読みました。開けているのも辛い血走った目に負担をかけたため、視力はみるみる落ちました。
親はそんなオレを見て褒めてくれました。
こんなひどい有様の、病み痩せ細ったオレを見て、彼らは満足そうでした。
こんなになってまで勉強するオレを見て、見直したと言ったものでした。
死に逝くオレを自慢に思うと言いました。
ああ。
死の間際。オレは看護師さんに言いました。
ああ、オレは、オレは。

……僕は、何のために生まれてきたの。


***


オレは唐突に我に返る。

少年の吠え声だった、あちこちの肉をかじりとられ酷く損ねられた少年が吠えていた。
彼は、何か凶器を持っていた。
おそらくそれは少年が腹を突くのに使ったというナイフだろう。
少年の形をしたものは白い影の群に頭からかじられてしまい、立って歩いてこそいるものの死骸のようなものだった。涙のようなものを流しながら生きているようにヒョコヒョコと、泣く事と叫ぶ事だけは途切れなく。

病没者たちは怨霊だ、怨霊だぞと口々にザワザワ騒ぎ立てていた。少年は慄く彼らを次々と、掴み殺し千切り捨てていく。
病没者たちは、皆殺しにされようとしていた。

オレは全身の力が抜けてしまい、その場で座り込んでしまって、病没者たちが屠られていくのを、ただ見ている。
彼らに同情は感じなかった。早く死ねばいいと、そう思った。

***

病没者たちを再殺し尽くすと、少年は立ち尽くして泣きだした。オレは彼の手を引いて、建物から連れ出した。

「どこにいくの」
血を流し泣きながら、彼は僕に問いかける。
「天国って知ってる?」オレは上の空で答えた。「一緒に天国に行こう」
彼は答えなかった。
「きっと、どこかにあるはずだよ。みんな言ってるもの」
「・・・」
「ねえ」
話し続けようとしたが、言うべき言葉など無いことに気づく。
オレは唇を噛んで、彼の手をただ握りしめる。

彼が僕の手を握り返してくれた時。

白骨を思わせる病的な白い街並みを彷徨い歩きながら、
オレは他人に触れてもらえたのは一体いつぶりだろうかと考えた。



浮浪霊

メモ 孕夜帖
2011/02/23(Wed)

夢。
 或る広い世界で、私は逃げ回る女を追っている。理性を失しけたたましい悲鳴を上げながら転げまわる彼女を、私は鬼と獣と男の間アイの仔のような、邪悪な存在と化して追っている。

 或る大きくて狭い世界に閉じ込められ女を犯し、損ない、嬲り、殺し、また犯し、喰らい、そして犯す。自分の害意の出所が分からず、不思議に思いながら、それを繰り返す。

 私の手に掛かった彼女らは暫く頑張るが、直ぐにくたばり只の肉に成る。私は肉に成った彼女らに男根を出し入れするが、達する前に屍を食い尽くしてしまう。
 私には視得る、女に戻り、口を拭く自分を。千切れた血肉に飾られた口歯が人のものではないことを。私は何かが胎に宿った事を知る。

 これは、夢だ。

 私は私に襲い掛かり掴み殺すと、その腹を裂いた。発アバかれた子宮は破れ、中から二本の腕が伸び出てきて、一本が私の右肩を掴んだ。
 私には視得る、腕の生え際に、瞑目する濡れた顔面が覗くのを。それは弟の面オモテだった。私は開口ヒラく、邪鬼の口を。人外の証明に、百八十度近くまで開口したそれを、眠るように安らかな表情の弟へ振り下ろす。私の胎に宿る弟が腹に還る瞬間を捉えようと、眼を口内に見開き、凝らす。
 正にその顔面が咬み潰され削り取られ一つの巨大な咬傷と化そうとしたその瞬間、彼の両目は見開かれ、口が動き、迫る私の口内へ向けて、おはよう、と呟いた。


―✕−✕−✕−✕−✕−✕−✕−✕−✕−✕―


 驚いて、思わず突き飛ばしてしまい、姉は間抜けな体勢でつんのめる事となった。
肩口の傷口を抑える手を押しのけて、血が溢れて来るのが分かって、その一種いわく言いがたい感触だけでもう俺は貧血を起こしそうになる。いまの俺には鏡は敵だ、見るだけで失神する自信があるぜ! なので、姉の個室の壁に立てられかけた身映しから必死の思いで眼を逸らし、助けを求めて姉に視線を投げるも、隅の柱に後頭部を激突して八倒する彼女は見るからにそれどころじゃなさそうだった。
 深呼吸をし、素数を数えて精神を安定させ、脱ぎ捨ててあった姉のシャツを拾って傷に押し当てる。姉がのた打ち回るのを止め、再稼動したのを確認し、俺は薄い視線を彼女に向けた。

「姉ちゃん……」
「悪い」
「悪いとかじゃなくてさ……」
「本当、悪かった。寝惚けてたんだ」
 姉は顔が引き攣っている。思い切りぶつけて出来たでかい瘤を痛そうに摩っていた。
「何処の世界に寝惚けて弟に咬み付く人間がいるんだよ!」
「手当てしような。人間の咬み傷は危ないから」
「お姉ちゃん起こすの本当もうやだよ、俺……」
「消毒しような、今日は私がお茶入れてやるから」
「姉ちゃん」
「救急箱テレビの下だっけか、取って来る」
「どんな夢見てたの」

 姉が、慌しく襖の向こうに消えていくのが見えた。
 答えは無かった。

浮浪霊

弐號試滅 【実動風紀】 肉之章C 推敲中
2011/01/04(Tue)

風紀委員会の井浦基樹副委員長とその護衛を務める保呂瑪瑙(ほろひかり)委員、田安劉真(タヤスリュウマ)委員は武装した化学部員達の余り愉快でない歓迎を受けた。
井浦基樹一同は化学兵器で武装した部員たちに専用のマスクを着けさせられ、やっと科学部部室に入室を許可された。

「よおう」

白衣を羽織り顔面をマスクで覆った空田誅如(ソラタセゴト)化学部部長だ。

「物々しいですね」
保呂が気持ち悪そうに呟く。
「なんだ、あの大砲は」
 井浦が問う。
「零式撒絶(サンゼツ)の事かな?」
「報告に無いぞ」
「してないからな。お前には少なくともな。委員長には話を通してあるよ。あれは凄いぞ、廊下とか校内での使用を想定したものだ。一艇で一クラス水酸風呂に変えられる事を目標に今一式の完成を目指している」
「僕は蚊帳の外か」
「そういうことだ。何しに来たのかな?」
 保呂はギリと歯を食いしばるが、井浦はさり気無くそれを制して言う。
「…野犬群の事だ。町に人食いの獣が溢れている。知らないのか?」
「知っているとも、外のあれは野犬対策の自衛だよ。失礼だったのかもしれない、だがしょうがないだろう? 敷地の隅にこんな張りぼての部室しか宛がわれていない不遇な俺たちは、こうやって自衛するしかないのだよ」
 にやにや嘲いながら空田が無茶を言う。事故を起きれば人が死ぬ危険な空間を校舎内に置くわけにもいかない。
「実動部三番班の班長代理から依頼だ。犬が好んで食うような毒入りの餌を作ってほしい」
「浜川君か。井浦君、あの子は本当にいい子だよ。もっと待遇を良くして上げなさい。がださいとぼやいていたなあ。装飾品の類の支給を」
「副委員長は毒入りの餌の話をしているんだ」
 押し殺したような声で、田安が言った。ちっ、と空田は不満そうに舌を鳴らした。
「頼まれたがな」空田誅如の白衣の下に組まれていた手が、物乞いがするように伸ばした。「サンプルが必要だな」
「サンプル」井浦が繰り返す。
「そう、サンプル。犬とはどういった種類の毒をどのくらい盛れば死ぬのか。どういった毒を使えば犬に感づかれないのか。実験するから、モルモットに野犬を捕まえて来て欲しい」
「何匹要る」
「三百匹と言いたいところだが、そうだな、とりあえず三十匹ほど」
「多いな。まあ、善処する」
「そうしてくれ」


浮浪霊

弐號試滅 【実動風紀】 鉄之章 メモ
2011/01/02(Sun)

「その辺にしときなよ」

 戸が開けられる音と女の声がし、小野谷満留は弾かれたように振り返る。

「どうやったって、あんたじゃその女に届かない」

 浜川天下(ハマカワアマカ)だった。
 鄭日美と榎木秀次を引き連れている。三人ともが武装し、校服に身を包んでいた。後者二人が敵意をこめた眼差しを満留に向けているのに対し、浜川はあくまでへらへらとしたふざけた笑みを浮かべている。
 
「生徒総聯構成校油井市第三校都、生徒会指導局風紀委員会実動部三番班班長代理、浜川天下」
「同じく、班員鄭日美(チョンイルミ)」
「榎木秀次(エノキヒデツグ)だ」
「小野谷満留(このやみる)君で間違い無いかな? 大人しく御縄を頂戴するか、もしくは」

 浜川天下が、抜刀する。

「死ぬまで抵抗するか。選べ」

 小野谷は自分が総毛立つのを感じた。逃げる機会を伺い後ずさる。
 生死の境。これこそ、欲しかった修羅場だ。バットで浜川を指し、断る、と言い放った。
 天下の無意味な微笑みが剥れ落ちる。呆れた様な鼻白んだような表情が浮かび上がり、その口が開かれ、そして



「  {號}  」



 呶轟(ドゴウ)、聲絶(セイゼツ)。『思い知れ』− 音写不可能、破格の気合が密室に充満し、ビルがびりびりと震える。天下の規格外の声量は満留を叩き打ち、意識を揺さぶるような衝撃を以って打ちのめした。
 


☆★☆



月(ルナ)と擦違い際、耶賀瀬ミツウラが口を開く。

「浜川」
「はい?」
「こいつはもう良い」

 月は思わずえ、と間抜けな声を発し遠ざかる耶賀瀬ミツウラの背を目で追う。月は視界の隅で浜川天下がフッと動くのを見た。

 駿馳抜刀、剣撃切断、一閃斬殺玉砕散華。

 浜川天下の振り抜いた凶剣円華が邪悪な閃きを見せ、月の上体と下半身が別れる。『支え』を失った上半身がゆっくりと落ちてゆく…沈んでゆく?…永遠にも思える時間、まだ生きていた月と浜川の目が合い、月は初めて笑っていない浜川を見た。
 次の瞬間月の世界は白く染まり、そして月は肉になった。
 


 全ては、耶賀瀬ミツウラ生徒会長猊下の御心の儘に。
 円華にこびり付いた月の粕を拭い取りながら、浜川天下は呟いた。





浮浪霊

メモ
2011/01/01(Sat)


 いいか 良く覚えておけ

(二宮曀ニノミヤカゲルは宣った)
 
 知らなくていい事など 存在しない






 fölösleges beleélnünk magunkat a helyzetükbe?

 Fölösleges a boldogságuk?


浮浪霊

弐號試滅 【実動風紀】 肉之章B 推敲中
2010/12/29(Wed)

 
 南区分校周辺に配属されていた生徒会役員野田子之明(このはる)の不気味な死骸と対面し、三番班の面々は、恐らく怖れ戦いていた。
 どうして『恐らく』なのかというと、天下を始め彼女たちはあらゆる逆境に躁的な興奮を偽ることで対処する事を覚えた哀れな子供たちだったからであり、死や危険を前にしても嘆くより先に嗤いだす種類の欠陥を皆負っていたからだ。
 
 死んでいた。
 だが、食い荒されてはいない。野田子之明役員、そして彼と共に無残な姿をさらす六人の生徒指導部員は、人間の牙にかかって死んでいた。
 南区の生徒指導部一隊は、その全員が撃ち殺され果てている。それぞれ後ろ手に腕を縛られ、背後から銃撃されて。

 一方で指揮官だった野田子之治の死骸は『一風変って(天下談)』いた。
 椅子に縛り付けられ、首を咬み裂かれている。
 咬み跡は明らかに人間のものだ。
 

「はてさて、何処の気狂いでしょうか」
 へらへらと元役員を緊縛から解放しながら、天下は問う。
「駄目ですよ代理、それは障害者差別です」天下の問いかけに、真面目ぶって榎木が抗議する。
「じゃあ、どこのえーっと、あっと、殺人鬼かな」
 すかさず紀美がツッこむ。「ひどい。鬼がかわいそうっス」
「お前らは私になにを求めているんだ」


「…気前良く弾を使う奴だな」
 部員たちの死骸を点検していた日美(イルミ)が呟いた。
 縛り上げた以上、ナイフでも鈍器でも事足りたろうに。そういう意味での言葉だ。
「人道的に殺したかったんじゃね」と天下。猿ぐつわを外そうと試行錯誤しているが、野田子之治だったものが痛烈に歯を食いしばっているため、どうにもうまくいかない。
「野田先輩とか喉笛食い千切られてるんですけど…。敢えて言うなら獣道?」
「じゃあ面倒くさかったんじゃね」他の殺し方が。
「面倒くさいのは貴女じゃね」考えるのがさ。
 天下ははぎ取るようにしてようやく死体を猿ぐつわから解放する。失血死ってのは普通もっと脱力状態で死ぬもんじゃないのか。
「こいつらは」
 天下は恐怖の表情で硬直した野田役員の頭をぺしぺしはたくと、職員室内に展開し状況を調べていた三番班班員一同に向き直りのたまった。
「かわいそうに志半ばにして散ったわけだが、我々はその夢と希望を引き継ぎ明日を目指す。勇敢だった彼らを我々は決して忘れないだろう」
「「「「「「あはははは」」」」」」
「吞気ですね」
 感情というものの感じられない声。
 唐突に、藤木咲誇(ふじきほこる)が話に割り込んできたのだ。
 彼女は六式戦棍を右手に、叩き潰した野犬の屍を左手にぶら下げ、職員室の入口に立ちつくしている。
「アヤメは今も周辺に潜伏していて、私たちを狙撃しようとしているかもしれないのに」
「……」
 声音こそ無機質だったが、その口調には明らかに非難の色が有る。藤木咲誇は、様子が異状しかった。
 普段から感情の起伏が小さく、黙りこくっていることも多く、どちらかと言えば足手まといな、風紀委員会闘犬飼育係の少女。
 犬を構う時わずかに緩む彼女の表情。叩き潰された犬の死骸を手に強張った彼女の表情。
 全員が腑を抜かれたように絶句し、三番班は異様な雰囲気に包まれた。それぞれが、己の握りしめる武器に目をやり、それら棒切れ鉄棒の頼りなさに怖めき、浜川天下に目を向ける。 
 不安げに。
 だが浜川天下は、いつもそうであるように、この時も笑っていた。
「じゃ、行こうか? 埋葬とか後でいいさね」
 張りつめた空気が凍解する。榎木秀次がほっとしたように、
「え… 今やっといた方が… 腐乱とか考えると…」
「埋めながら野犬の群に襲われるとかいやん。犬を先に始末しちゃわないと掘り返されちゃうだろうし」
「もういっそ犬に食われたってことにしちゃいません? 戸を開けとけば既成事実に成るっスよ」紀美がふざける。
「うーん、『アヤメ』がなんか痕跡残してるかも知んないから却下」
 がやがやと退場していくパーティ。咲誇の両脇を次々と擦り抜けてゆく。
 日美だけが立ち止る。
 ほんの少し咲誇の手を握ると、彼女もまた先を急いで行った。
 壊滅した職員室を眼前に、南無阿弥陀仏と、咲誇は呟く。そして踵を返し、仲間たちの後を追っていった。
 


 天下たちは分校(正確には元市立明成中学校の職員室)を後にし、扉を厳重に閉鎖した。

 南区分校周辺には、十匹余りの犬が転がっている。
 最初は三〜四倍の数がいて避難民だったものを貪っていたのだが、二匹ほど轢き殺し、投入された爆竹の爆音で大半が退散し、残りは三番班に屠られた。江藤基(えとうはじめ)と香取怜美(かとりれみ)バカップルの提案で、あるいは犬よけに効果が有るやもという発想から有効利用されることとなり、天下率いる先入隊が職員室を洗っていた間、留守番を兼て残った班員たちで犬をバスに括りつける作業にあたっていた。
 地域学民は有時には分校に避難する手筈となっていたのだが、これはいい感じに大失敗したようだった。
 分校の配属会員が根こそぎ殲滅されてたせいで校門を開く者さえ居らず、鉄格子が張られた窓は避難民の侵入を拒んみ、結果犬どもに体の好い餌場を提供するに終わった。
「すげーなー、あっという間に骨まで食い尽しちゃうんね」
「よほど腹を減らしているんでしょうね」
「何人くらい逃げて来たのか見当もつかないくらいだなあ」
 感服したような天下に、咲誇は呟く。


浮浪霊

メモ
2010/12/26(Sun)

けたたましく鳴り響く筈だった目覚まし時計は死んだ。いや、殺されたのだ。犯行時刻は本日午前四時半ごろ、踵落としの炸裂という壮絶な形での最後だった。

ああ、蒲団が天使御華を放してくれない。


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今日も天が口を開け、僕が飛び降りるのを待っている。


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浮浪霊

めも 
2010/12/20(Mon)




苦しむ貴方は綺麗だよ
 

浮浪霊

弐號試滅【実動風紀】 肉之章A
2010/12/18(Sat)

 昏迷の中から目醒めた田中莉那の目に最初に止まったのは、管理室の壁に掛けられた田中食肉のロゴだった。
 赤く濡れているその社章を見て尚、記憶の糸が縺れた莉那には事態が思い出せない。異様な吠え声が辺りを呑み尽しているが、莉那は未だに覚醒しきれていない。だから視界も、聞こえてくる音も、記憶も、事態も、把握できないのだ。身動ぎ(みじろぎ)し、体を起こそうとしたら、いきなり頭を天井にぶつけた。あれ?

「っ! 副委員長っ 好かった…っ! 目が醒めたぁっ!」

「……外、狩?」
「危ないっ 動かないで、動…!」

 莉那は管理室のロッカーと天井の間の六十センチメートルほどの隙間に、自分が寝かせられている事に気づいた。見ると、ロッカーは十数匹の興奮した犬に包囲されている。
 莉那と同じく飼育委員の外狩三矢子(とがりみやこ)が、抱きすくめるような形で自分を不注意に起き上がろうとした自分にしがみ付き引き留めた。

 莉那は思い出す。
 ああ、社章の前には。兄である田中竜也が蹲っているはずだ。尻もちをつき、上体が前に折れているはずだ。
「兄さん……」
 莉那は知っている、屑折れた兄の背中には巨大な穴が空いている事を。竜也が坐りこむ辺り一面を覆う血だまりと、壁を飾る、酸化が進み濁った赤茶色のペイントは彼を起源としている事を。

 莉那は思い出す。
 立て続けの銃声を、犬の悲鳴を、人間の悲鳴を、凶悪な武器を手に現れた怪物を。
 訓練された番犬の群を蹴散らし、警備係たちを撃ち殺し、この厳重に防護された田中食肉の敷地に、生徒総聯に自治を与えられた私たちの王国に侵入した、猛悪な侵入者を。
 猟銃を携え女物のジャケットを羽織った、不気味なほど無表情な男。酷く好々とした口ぶりで、禍々しい詩を唱え、奴は、『アヤメ』は、犬どもを解き放った。

「外狩…」
「は、い。。」
「……他の、皆は?」
「……」

 莉那の王国、田中食肉は餌場と化していた。
 ロッカーの上から恐る恐る顔を覗かせ、兄が倒れているはずの辺りを見降ろす。
 すると飢えた犬が凄まじいジャンプ力を発揮し、二メートル余りも跳び上がりロッカーの下を覗こうとした莉那の顔面に喰らい付きそうになった。莉那は息を呑み悲鳴を上げて頭を引っ込める。
「副社長っ!」
 総聯から、救援は来るかしら。がむしゃらに打ちまくる心臓に翻弄されながら莉那は考える。
 どうしよう? どうしたらいい?

 粗く息をする莉那を抱きすくめ、外狩は囁いた。

「副委員長… 目を覚ましてくれて好かった。逃げましょう!」
「ええっ!? 無理!!」
「無理じゃありません。総聯の部隊が来たら、責任を問われて晒し首だわ」
「ま」
 私は絶句した。
「まさかそんな… だって、わた、私たち悪くないじゃ…」
「私たちは自治を生徒会に与えられていて、それは危機管理を含めます。今回のこれは失態です」
 外狩は苛々と言葉を繋ぐ。
 こんな大量の獣の発生源田中食肉しか考えられない、総聯の部隊は今に来るだろう。もっとも、それを救援ととらえるべきか。こんな失態を犯した我々、食肉飼育委員会『田中社』を総聯は果して助けるだろうか。それはあまりにムシのいい考えではないか。

 我々は耶賀瀬に、生徒会に、殺されるのではないか。

「今消えれば、犬に食われたことにして胡麻菓せるわ」
「に、逃げるって、どこに…」
「どこへでも。逃げると言っても、そう長く逃げ切る必要はありません。私はもう十七歳になるし、副委員長ももう十六でしょう? 逃避行の必要が有るのは、『ほんの二〜三年です』」

「……。」
 言われてみればまあその通り、数年だけなら逃げ切れる気もしてくるから不思議だ。昨今の天地覆滅の情勢が、こんな形でプラスになるとは。






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「班長命令だ」

天下は『円華』を振りぬき、号令を下した。

「一人も死ぬな!」

 突進してくる野犬群に斬り込む。「応」の合唱が、「続けえぇぇぇっ!」という紀美の絶叫が、起こる。







浮浪霊

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