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浮浪霊の日記

2010年12月



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詩人名 : 浮浪霊
詩人ID : strayghost
年 齢 : 24歳

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弐號試滅 【実動風紀】 肉之章B 推敲中
2010/12/29(Wed)

 
 南区分校周辺に配属されていた生徒会役員野田子之明(このはる)の不気味な死骸と対面し、三番班の面々は、恐らく怖れ戦いていた。
 どうして『恐らく』なのかというと、天下を始め彼女たちはあらゆる逆境に躁的な興奮を偽ることで対処する事を覚えた哀れな子供たちだったからであり、死や危険を前にしても嘆くより先に嗤いだす種類の欠陥を皆負っていたからだ。
 
 死んでいた。
 だが、食い荒されてはいない。野田子之明役員、そして彼と共に無残な姿をさらす六人の生徒指導部員は、人間の牙にかかって死んでいた。
 南区の生徒指導部一隊は、その全員が撃ち殺され果てている。それぞれ後ろ手に腕を縛られ、背後から銃撃されて。

 一方で指揮官だった野田子之治の死骸は『一風変って(天下談)』いた。
 椅子に縛り付けられ、首を咬み裂かれている。
 咬み跡は明らかに人間のものだ。
 

「はてさて、何処の気狂いでしょうか」
 へらへらと元役員を緊縛から解放しながら、天下は問う。
「駄目ですよ代理、それは障害者差別です」天下の問いかけに、真面目ぶって榎木が抗議する。
「じゃあ、どこのえーっと、あっと、殺人鬼かな」
 すかさず紀美がツッこむ。「ひどい。鬼がかわいそうっス」
「お前らは私になにを求めているんだ」


「…気前良く弾を使う奴だな」
 部員たちの死骸を点検していた日美(イルミ)が呟いた。
 縛り上げた以上、ナイフでも鈍器でも事足りたろうに。そういう意味での言葉だ。
「人道的に殺したかったんじゃね」と天下。猿ぐつわを外そうと試行錯誤しているが、野田子之治だったものが痛烈に歯を食いしばっているため、どうにもうまくいかない。
「野田先輩とか喉笛食い千切られてるんですけど…。敢えて言うなら獣道?」
「じゃあ面倒くさかったんじゃね」他の殺し方が。
「面倒くさいのは貴女じゃね」考えるのがさ。
 天下ははぎ取るようにしてようやく死体を猿ぐつわから解放する。失血死ってのは普通もっと脱力状態で死ぬもんじゃないのか。
「こいつらは」
 天下は恐怖の表情で硬直した野田役員の頭をぺしぺしはたくと、職員室内に展開し状況を調べていた三番班班員一同に向き直りのたまった。
「かわいそうに志半ばにして散ったわけだが、我々はその夢と希望を引き継ぎ明日を目指す。勇敢だった彼らを我々は決して忘れないだろう」
「「「「「「あはははは」」」」」」
「吞気ですね」
 感情というものの感じられない声。
 唐突に、藤木咲誇(ふじきほこる)が話に割り込んできたのだ。
 彼女は六式戦棍を右手に、叩き潰した野犬の屍を左手にぶら下げ、職員室の入口に立ちつくしている。
「アヤメは今も周辺に潜伏していて、私たちを狙撃しようとしているかもしれないのに」
「……」
 声音こそ無機質だったが、その口調には明らかに非難の色が有る。藤木咲誇は、様子が異状しかった。
 普段から感情の起伏が小さく、黙りこくっていることも多く、どちらかと言えば足手まといな、風紀委員会闘犬飼育係の少女。
 犬を構う時わずかに緩む彼女の表情。叩き潰された犬の死骸を手に強張った彼女の表情。
 全員が腑を抜かれたように絶句し、三番班は異様な雰囲気に包まれた。それぞれが、己の握りしめる武器に目をやり、それら棒切れ鉄棒の頼りなさに怖めき、浜川天下に目を向ける。 
 不安げに。
 だが浜川天下は、いつもそうであるように、この時も笑っていた。
「じゃ、行こうか? 埋葬とか後でいいさね」
 張りつめた空気が凍解する。榎木秀次がほっとしたように、
「え… 今やっといた方が… 腐乱とか考えると…」
「埋めながら野犬の群に襲われるとかいやん。犬を先に始末しちゃわないと掘り返されちゃうだろうし」
「もういっそ犬に食われたってことにしちゃいません? 戸を開けとけば既成事実に成るっスよ」紀美がふざける。
「うーん、『アヤメ』がなんか痕跡残してるかも知んないから却下」
 がやがやと退場していくパーティ。咲誇の両脇を次々と擦り抜けてゆく。
 日美だけが立ち止る。
 ほんの少し咲誇の手を握ると、彼女もまた先を急いで行った。
 壊滅した職員室を眼前に、南無阿弥陀仏と、咲誇は呟く。そして踵を返し、仲間たちの後を追っていった。
 


 天下たちは分校(正確には元市立明成中学校の職員室)を後にし、扉を厳重に閉鎖した。

 南区分校周辺には、十匹余りの犬が転がっている。
 最初は三〜四倍の数がいて避難民だったものを貪っていたのだが、二匹ほど轢き殺し、投入された爆竹の爆音で大半が退散し、残りは三番班に屠られた。江藤基(えとうはじめ)と香取怜美(かとりれみ)バカップルの提案で、あるいは犬よけに効果が有るやもという発想から有効利用されることとなり、天下率いる先入隊が職員室を洗っていた間、留守番を兼て残った班員たちで犬をバスに括りつける作業にあたっていた。
 地域学民は有時には分校に避難する手筈となっていたのだが、これはいい感じに大失敗したようだった。
 分校の配属会員が根こそぎ殲滅されてたせいで校門を開く者さえ居らず、鉄格子が張られた窓は避難民の侵入を拒んみ、結果犬どもに体の好い餌場を提供するに終わった。
「すげーなー、あっという間に骨まで食い尽しちゃうんね」
「よほど腹を減らしているんでしょうね」
「何人くらい逃げて来たのか見当もつかないくらいだなあ」
 感服したような天下に、咲誇は呟く。


浮浪霊

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