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弐號試滅 【実動風紀】 肉之章 / 靈的破局 - PsychoHazard / 共歐圏二
2010/11/20(Sat) 「好い犬達だね」 『アヤメ』は、手に携えた猟銃で庭の方を指した。 「毒を食わないんだもの。殺すのが大変だった。飛び道具に対する訓練もしたんだ? 誰の相手を想定してたのかな?」 酷くにこやかな声特徴、そしてその極端な無表情の合成は、不気味の一言だった。 その事件は、金曜の夜、南区分校との連絡が途絶えたことで始まった。 当初、電子連絡網にまた技術的問題でも生じたのだろうくらいに考えられた。技術部込魂のインフラで生徒総聯の継承する文明の象徴だったが、如何せん子供がでっち上げたもの、週に一回は断線するのが常で、命令されるまでもなく技術部は週二回の定期点検を繰り上げ、明け方三人組の整備班を街に派遣した。 この整備班が帰ってこなかった。更に不気味なことに、都心からの朝毎の物資供給も途絶えた。 また彼らの出発と入れ違いに、市街からの最初の…少数の、救援要請も兼ねた避難民が校都に到着し始める。午前中十六人が、正午を挟んで雪崩を売ったように五十人余りが命からがら、助けを求めて校都に辿り着く。内二十人余りが酷い咬傷を負い、四人が間も無く死んだ。 彼らは言った。 犬の群れが街に溢れ、人間を喰らっている。 そして八時ごろ、街での異変について学府に相次いで連絡が入る。 二番校都より総聯各校に告ぐ、警報。 数百匹規模の猛獣化した犬が油井市南部に氾濫、 猛犬の一部は弊校の管轄街区の一部、及び二番校都本校周隣まで到達、少なくとも九人の死亡を確認。 事態が把握できない。情報を求む 登美野区分校より本校へ緊急連絡 分校周辺に野犬の群が出没! 街区巡回に出た分校生は未帰還、南区分校との定時連絡は途絶した。 救援を要請する! 充分な兵力の派遣を求む、注意されたし 件の野犬群 人間の襲撃をまるで躊躇せず! こちら番長連合都心部。 これは一体何の冗談だ? 市南方より都心部へ数百匹の野犬が殺到、妖精帝國を包囲。人食いだ。 何人か食われた、うちの物資供給班は三番校都へ到着したか? してたら事態が収拾されるまで先方での保護を求む。謝意 血まみれの浜川天下班長代理が抜身の刀を手に、狂ったような速度で自転車を駆りご登校遊ばれたという。井浦基樹副委員長は保健室で手当てを受ける彼女を見舞う。彼女は全身が血に濡れて真っ赤だった。 「もうね、すんごい追い縋って来んの」彼女は腿に負った噛み傷…幸いにして、かすり傷程度…を保険委員に診て貰いつつ、くすくす笑ってのたまった。「大丈夫! 血は殆ど返り血よ、自転車を手放し運転しながら怒鳴り散らし刀振り回し撃退したんだよ? 私偉くね?」 「ひく。」 「何かにぶつかったりひっくり返ってたりしたら死んでたね、あれは。いやもうね。感動したよ、犬って自転車より全然速いんだぜ、知ってた? こっちは下り坂でぐんぐん加速してるってのにまるで逃げ切れないの」と愉快そうに。その余りに屈託無い様に、空寒いものを感じる。 「…無事で良かった」 「街はまるでゴーストタウンだよ。誰もいないなんておかしいなーって思ってたんだけどね。通学途中犬どもが車道の真ん中でなんかに群って喰っててさ、よく見たらそれが人の死体なわけよ。げーって思うじゃん、んで犬追い払おうとしたら逆に襲い掛かって来るんだもん、ビビったよ」 …頭が痛くなってくる。 「何匹くらい居たん、班長代理?」 「十八匹、内数匹は私が斬って捨てたけど。三番班で狩って来ようか、副委員長?」 ふざけて役職名で返してくる。浜川はかなり気分が昂ぶっているようだ。 「馬鹿か。手負いの癖に」 「お前が馬鹿だ。なんだこんなかすり傷」 「…分校の様子だけ見てもらうかも。十八匹だけのはずが無いんだ。確実に、もっと居る」 「ねーよw 何処から沸くんだよ、そんなにw」 「市街からばらばらに怪我人数十人を含む生徒が避難して来てるんだ、君を襲ったのが全部とは思えない。登美野区からは『人食いの野犬群』の警報が入って、物資も途絶えてる。南区分校からは連絡ないし、しかも回線直しとかで技術部の整備班が早朝街に出たっきりさ」 「ぶはっ。凄いね、それ。他の分校は? 他校や妖精帝國は?」 「回線は繋がってる。向こうも状況を把握できてないけど、避難民は数十人から数百人、住人の救援要請もひっきりなしだって。嘘か本当か知らないけど、妖精帝國は何百匹という犬の群に包囲されてる状態だって…どうしよう?」 天下は、こんな状況だというのにクスクス笑った。 「警報鳴らそうよ。地域学民さっさと校都に避難させちゃわないと。分校は三番班で見てくるからバスかトラック貸して。あと催涙弾と催涙スプレーと人数分のプロテクターと棍棒と犬を数匹とえっとサイレンおくれ。ああ後人食い犬餌付けするからドックフードかなんか」 「委員会に掛け合ってくる」 「あ、あと爆竹! 爆竹も頂! んじゃ班員ども叩き起こしてくるか〜」 そういうことになった。 (状況説明) 「生徒総聯は事態収拾に向けて努力しております! 付近住人の皆様はくれぐれも戸締りを確りした上で、不用意に出歩かないよう御願い致します!」 街宣車よろしく、運転手の天下はサイレンを鳴らしながら拡声器でがなり立てる。三番班の面々を乗載した中型バスは、道すがら点々と転がる人間だったものに群る犬の群を軽快に轢き殺しつつ連絡の途絶えた分校を目指す。勿論犬と一緒に人間様の死体まで轢き潰してしまうのだが、故人にとって犬に貪られるに任せられるのと果してどちらがより不名誉かは定かではない。 車内はガヤガヤとにぎやかだ。 「ガソリンとか使い切っちゃったらどうするんだろうね? あと何ガロン残っているのやら。校家機密とかで教えて貰えないんだよね」 「ビビったっスよ、化けて出たのかと思ったじゃないスか。朝起きたら行き成り血濡れの班長代理が立ってるとか」 「わんっ!わん!わうう、わう、がうがうがうっ!」 「本当どっから沸いたんでしょうね、鮫みたいに血の臭いに誘き寄せられて来たりしたら嫌だなあ。あ、いや、班長代理の浴びた返り血の話じゃなく、いやそれも有るけど、私今真っ最中なんです」 「代理―っ、結局催涙弾は貰えなかったんですよねーっ!?」 「三十一匹… 四十一匹… 四十八匹… ちょ、遂に五十匹越えたんだけど」 「あー、でも替わりに人数分の催涙スプレー貰って来たけどね、化学部謹製の奴ねー。マスクとゴーグルして使えってさー」 「ちょ、支給されたプロテクター下半身分だけってそれ引きずり倒されたらお終いじゃん!!?」 「…どいつも酷い毛並み、まるで手入されていない。傷だらけで、怯え切ってる… でも、野良犬とも違う…」 「落ち着けよ、榎木。冗談に決ってるだろ。ほら、腕用」 「わう、ぎゃわん、がうがうぐあ、きゃんきゃんきゃんきゃんっ!」 「うちの化学部の謹製品… 目に入ったら失明とかしそうだな、こえーっ・・・」 「お前らちょっと減速するからちゃんと犬どもにスプレー効くか試しとけよー」 「了解、開窓! 窓から飛び込まれないようにしろ!…無いか、いくらなんでも。 …ってこ、こらっ窓から飛び出すんじゃないこの馬鹿犬っ!」 「代理、運転上手くなったスねー、いい調子っスよ!」 「紀美の特訓のお陰さーっ♪」 三番校都の保有する虎の子の武装戦力、風紀委員会の実動部、その三番班。 総班員数十三名、動員兵力十名、技術部員二名。総勢十二名。 採用兵装、日本刀『円華』一振り、技術部製六式戦棍四振り、同じく一式鉄棍八振り、現代社製K15中型バス一台、化学部製散布型刺激液『三式吹悶』十四丁、プロテクター十二人分、マスク十二人分、ゴーグル十二人分、爆竹十一発、雑種大型犬三匹、シベリアンハスキー一匹、アニマルハピネス社製ドッグフード40キロ(使用期限外)。 指揮官、浜川天下班長代理。 人食いの獣とその犠牲者達をひき潰しつつ、無人無影の道を往く。 「あーテステス、こちら番長連合都心部。 これは一体何の冗談だ? 市南方より都心部へ数百匹の野犬が殺到、妖精帝國を包囲。人食いだ。 何人か食われた。うちの物資供給班は三番校都へ到着したか? してたら事態が収拾されるまで先方での保護を求む」 「こちら三番校都通信部。通信を受信、内容を理解した。 供給は途絶、供給班は到着していない。残念だ。発見次第保護報告する」 「謝意」 「数百匹と言ったか?」 「数百匹だ。街のそちら側に野犬群はもう達したか?」 「幸い、本校へはまだだ。だが南区分校の連絡は途絶、登美野区分校からは救援要請が入っている。あと避難民が数人」 「南区か…。爆心地だな」 「そのようだな」 「今のところは以上だ。重要な進展が見られたら…」 「分った、有難う。此方でも何か分ったら連絡する。番長猊下万歳」 「会長猊下万々歳」 このご時世電気もガソリンも酷く貴重なのは当たり前だが、まだ電気の方が融通が利くのもまた当然である。 鍵句 複合繁華街『妖精帝國』。 学府首脳 參號校都 耶賀瀬ミツウラ生徒会長猊下 生徒総聯 田口食肉のロゴ ☆★☆ 宙を巨大な十字が飾り、天使の群が無数の羽蟲のように空一面に蠢いている。 啓典の宗教圏が、死の光に呑まれるのを、黎都(アドリャーナ)は衛星を介し見降ろしている − 和礎(エルサレム)、平都(ローマ)、聖二禁域(ハラマイン)、神門(バビロン)、塩湖都(ソルトレークシティ)の諸聖地には存也(ヤハウェ/ソンヤ)の猛絶な神力が充実し、その勢力圏である西洋一帯、すなわち仆神(イスラエル)、没日郷(ヨーロッパ)、務導(アメリカ)、埃土(アフリカ)、遵厦(ダール・アル=イスラーム)を覆い尽くして信徒と無信心者の別無く殺し、そして朝鮮も攻撃を受けている。 第四十四次『毀断之丘(アルメギッド)』充実。存也(ヤハウェ/ソンヤ)の定期的殺戮茶番劇が始まりを告げたのだ。 巫師(タートシ)は言った。 人は魔に成り神に成り、神魔は人の間々に棲む。 ☆★☆ 「いいよ、おいで」 少女は言った。私は勇んで彼女に並び、一生懸命歩きだした。 「あなたは、神についてどう思う」 「はあ?」 「あなたは、神はいると思う?」 「神様は、居るよ」 私をみて笑った。私は更に 「そう、神様は存在して、皆を見守ってくれているね」 「皆を?」 少女の疑問符は嘲るような感触で、私はムッときた。 「そう、皆を」 「はは」鼻で嘲笑って彼女は視線を私たちから路上の信号に移した。 冗談じゃないのに。 「えっと、神が私たちの為に何をしてくれたか知ってる?」 「私の為に死んでくれた」 「そう」 私はつい大きな声を出し、身振りまでつけて強く唱えた。 「神は私たちを愛してくれていて、私たちの為に命を投げ出してくれた!」 「はは、いや」 少女は笑いながらその底知れない、感情の欠落した眼を私に向ける。 「あの子は私を憎んでいるよ」 *** 「叶ちゃんて、変だね」 「そうかな」 私は紺野と喫茶店でお茶をしていた。 彼女は私が勧誘されるのを見るや、すぐさま距離をとり、五メートルくらい遅れて聞き耳を立てていたのだ。 「宗教の勧誘に、付き合って上げるなんて」 「だめかな」 「気持ち悪いじゃん、頭異常しいし」 対象語が無いので、形容詞の列挙が信者か信者の話に付き合った私を指しているのか一瞬判別がつかなかったが、別に両方でも適当であることに気づいて一人得心した。嘘だけど。紺野よりも? そう訊いてみようかとも思ったが胸中に秘めておく。 *** 神前に平伏し、目を閉じて 私は念じる 美しいものを 死を 浮浪霊
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