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善田 真琴の日記

2012年03月




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詩人名 : 善田 真琴
詩人ID : maczenda

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うぐいす
2012/03/23(Fri)


鶯は競争相手が多いほど美しく囀る。彼らにとって春は、子孫を残せるか否かの、生存を賭けた戦いの季節だ。暖かくなるにつれ、人差し指一本で鍵盤をつっ突くような地鳴きから、すべての指を使って流麗に奏でるピアノ曲みたいな求愛の唄へと、日増しに鳴き方が上手くなる。この住宅地にも色々な鳴き方をする様々な鳥たちがいて、他人の縄張りに踏み込んでつっ突かれたり、仲良く共存していたり。鳥にも孤独を好むタイプと集団行動をとるタイプがある。この辺も人間と似ていて、眺めていると中々に愉しい。

鳥の囀りには個体差があるが、それは個体自身の努力や創意工夫によるものではなく、本能というDNAによって書き込まれた指令に従っているに過ぎない。それが正しいとすれば、生物個々の未来は、遺伝子によって全て予定調和的に定まっている事になる。

では、人間もそれで良いのか。

時折、他者批判の詩を投稿掲示板で見かける。投稿者は、大概は感想掲示板を閉じていたり、私書箱にしている。反論されるのが嫌なのだろう。

人それぞれに育った環境や教育の差があるから、意見も十人十色で相容れないこともある。究極の争いは裁判だが、そこでの原則は攻撃と防御で、原告と被告それぞれにその両方の権利が両者に平等かつ同時に与えられる。しかし、裁判なら利害関係者や、その事件に関心がある人しか傍聴しない。中世の魔女狩りではないから、広場で見せしめのような野蛮なことは現代社会では行われない。

詩人の部屋で自分の意見を伝えたい場合、ぼくなら自分の部屋で呟く。それなら、ぼくに関係ある人か、ぼくにそれなりの関心がある人に限られるから、無関係なその他大勢を不愉快な気持ちにさせる危険も少なく、他人に自分の意見を押し付けることにもならない。

法律に触れない限り、詩人の部屋では何を書いて投稿してもいいと思う。しかし、その自由を享受するなら、それに必ず付随する義務も同時に負うべきだ。自分に不利な書き込みを後で証拠隠滅のように削除する人がいるが、自己保身の本能としては理解出来ても、それでは上に書いた鳥と同じ。鳥は2or3回首を振れば忘れるが、人間は証拠を消しても記憶している。一度書いた事は消えないのだ。だから、ぼくは相手から要請がない限り、如何に恥ずかしい書き込みであっても、相手のは勿論、自分の書いたコメントも絶対に消さない。それは自分自身に背中を向ける行為だから。それに傷は被うことなく空気に触れさせた方が早く乾き、治りも早い。「旅の恥は書き捨てない」それが自分の成長にも繋がる。


口論、議論大いに結構。
但し、公道でやられると
嫌でも目につく。
迷惑だから
体育館の裏でやれ。

善田 真琴

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