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サイレント・マジョルカ島
2012/03/31(Sat) メリットは溶け落ち 大地にメルトダウン デメリットばかりが 火山噴出バラけるの 自分の中の天然自然 寒い心を氷に固め 暑い情には夕立が降る バランスは振り子のよう 迷走するトランス アンビバランスに 平衡感覚ヤジるべぇ 黙り込む一般大衆 人らしき香りも無臭 ナポレオンは島流し 泣いた赤鬼夜にもナイタ 閑話休題 (さはさりながら) 今は、一切テレビとは無縁の生活だが、5or6年くらい前まではたまには観ていた。 それより更に前、テレビの討論番組で「なぜ人を殺してはいけないのか」という男子高校生の問いかけに、並み居る知識人たちが誰一人、明確な答えを提示出来ないのを見て、ぼくもしばし考え込み、うなだれた記憶がある。 「戦争で人をたくさん殺せば、英雄と称えられるのに、なぜ平時の人殺しは処罰されるのか」とか「人殺しがいけないならば、なぜ国家による死刑は是認されるのか」という設問ならば、自分なりに明確に応える自信がある。 しかし、「なぜ人は生きるのか」とか「なぜ人を殺してはいけないのか」などという前提がない無条件の疑問には、そもそも答えなど存在しない事にある時、気付いた。 例えば、ダウンタウンの初期ネタに「クイズです。ここに花があります。さて、どうでしょう?」というのがあった。解答者は答えようがない。前提条件のない設問には正しい答えがないからだ。これが「この花の名前は何ですか?」という問いならば、正しい答えは存在する。その問いには「この花には名前がありますが」という前提条件があるが、省略されて見えないだけだから。 あと、さまぁ〜ずにも似たようなロジックの「キノコの話」というのがあって、大竹さんが「なんでキノコ採りに行くの?」と尋ねると、三村さんがキレ気味に「喰うから!」と応える。これも前提条件がないから、そう答えるしかない。これに「何処に」や「何時」という条件が加われば、正しい答えは存在するはずだ。 このように「なぜ人殺しがいけないのか」とか「なぜ人は生きるのか」と問われたら「いけないものは、いけない」とか「生きてるから生きるのだ」と答えるしかない。いくら考えても、元々そこには理由や答えがないのだ。 「良いものは良い」あるいは「悪いことは悪い」を単語に置き換えるとすれば「正義」という言葉になる。正義は一つしかない。なぜなら、相対的な正義というものには「利害」という別の名前があるからだ。だから正義には前提条件は寧ろ有害となる。つまり、前述してきた事に照らせば、正義にも答えがないということである。従って言い方としては「良いことは良い」か「悪いものは悪い」と表現する他なくなる。 「いけないことは、いけない」と自信を持って日本人が言えなくなったのは、67年前に戦争で負けてからだと思っている。 東京大空襲では一夜にして10万人もの非戦闘員が無差別に殺された。関東の外周から円を描くように爆撃し、中心に人間を集めたあと、焼夷弾で焼き尽くした。米国は日本の家屋が木と紙で出来ていることは充分計算の上だった。だからトドメに通常の爆弾で吹き飛ばすのではなく、焼夷弾で家ごと人間を焼き尽くしたのだ。しかもみんなが寝静まった深夜を見計らって。囲い込む戦法は、「インディアン狩り」という伝統を踏襲した。 米国は日本全国、200箇所で同じことをやって民間人を中心に33万人の命を奪った。神戸では、阪神淡路大震災以上の人々が空襲で命を奪われた。文化都市だから、京都&奈良を爆撃しなかったというのはまったく事実に反する。どちらも空襲を受けたが、たまたま被害が少なくて済んだだけである。 東京を始めとした都市空襲や、合計28万もの被害者を出した広島と長崎への原爆投下も、民間人への無差別な攻撃を禁じた、ハーグ陸戦協定に明確に違反している。それは東京裁判で日本が裁かれた一つの罪状「人道に対する罪」に当たる。米国は自らが同じ罪を犯していながら、一方的に日本を裁いたのである。それは「正義」ではなく米国の単なる「利害」だった。それ以降、日本人は「良いものは良い」あるいは「悪いものは悪い」と言えなくなった。つまり敗戦を契機として、日本には「正義」が無くなってしまったのだ。 それゆえに、昭和天皇ですら「広島と長崎のことは不幸な出来事だったが、致し方なかった」と述べている。大半の国民も日本はかつてアジア諸国を侵略したのだから、仕方がないと思っている。 しかし、それは果たして本当だろうか? 間違った歴史認識は早急に正さなければ、日本嫌いの日本人は更に増え続けてゆくだろう。ぼくは事実を知れば知るほど、あるいは学べば学ぶほど、この国の文化や風土、国民性が好きになる。こんなに美しく品格のある国は他にはないと誇らしくなる。 (一旦CMです) 善田 真琴
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