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メモ 失明
2010/05/24(Mon) 音樹の発案で自在箒が即席の白杖として代用されることになり、人数分が急いで取り揃えられた。もっとも、螺子で固定されているブラシ部分は如何しても取る事が出来ず、鬱陶しく汚らしい事この上なかったが背に腹は代えられない。 驚くべきことだが、必要ないと言い張る者もおり、そういった連中を音樹は 「絶対、要るよ!」 と一人一人説得し、最初こそ使い方が分からなかったが、結果的にそれに非常に助けられた。 最初は帰り着くまでに死者が出るのではないかと思われた私達一行だが、今では時折互いの脛を大いに打ち付ける以外は大した不便もない。 市の中心を突っ切り、蒼葉区を目指す − それには自転車で約50分掛かる距離を踏破する必要があり、そして我々は愚かだった。 冷夏とはいえ五月末の日射を負った強行軍になけなしの体力は著しく消耗し、判断能力と理性は早くも擦り切れつつあった。 蒼葉区居住の私達十六人の道程、やっと二十分の一くらい。 今日中に帰り着く希望などとうに潰えたが、当初の目標だった仙台駅にさえ、とても辿り着けそうに無かった。 今は一体何時なのだろう。日光の触覚が失せる気配の無い事から、日没が未だ遠いことが辛うじて把握できた程度だった。 認めたくは無いが、クタクタだった。皆疲れは神経に来るようで、モップの柄で打たれたいや打たないでつかみ合いの喧嘩が何回もあった。 数時間かけて、未だ私達は幾キロも踏破できていなかった。 「だめだ、普通に死ねる」前進は結局、日美(イルミ)の掠れた提案で停止された。「どっかに身を寄せて、日が暮れるまで待とう」 私達は道すがらに位置するコンビニの一店を占拠・略奪し、腹ごしらえをした。 コンビニには既に先客が居り、当然向こうも不法占拠なのだが、当然同じ災難を共有するもの同士、歓迎してくれる。 喰うものを寄越し、休ませろ! 渡す物など無い! 他所を当たれ! 本当だね、 冗談じゃない。 埒があかなかったが、結局数の暴力が事態を打開してくれた。向こうも血迷ったもので、十六人もの疲労と空腹で気の立った青年と掴み合ったりするものだから、あっとゆうまにフクロにされて店から放り出された。戦慄である。私達はごく端的に言って暴徒であり、そしてそれは恐るべきことだった。 だが私は祈ることも忘れ、大いに喰い、そして飲んだ。 音樹は一言も口を利かない。 日が暮れるまでを皆が身を寄せ合い浅い午睡を取って過ごす中、私は音樹の肩を固く固く掻き抱き彼の体温を感じることで、窒息を免れた。彼はがたがた震えていた。私もまた家で待ってるはずの従妹を想って微笑った。見えない目を瞑って彼女の面影を目蓋の裏に浮かべながら、憔悴しただ機械的に句を紡ぐ。 神よ、世のものを皆御創りになった母よ、 祝し賜え用い賜え 願わくば我々を、 そして我々の食した糧々を 一切は主の恵みによってこそ 一切は御業が栄えの為に 感謝のうちにこの日を終わります。 貴方の愛(いつく)しみを忘れず、全ての人の幸せを祈りながら 私達の主、救神(イエス)濡膏(キリスト)の御名に於いて 正定(アーメン) ……そして私は眠り、涙を流す悪魔の夢を見た。 浮浪霊
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