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金澤詩人賞
2021/04/18(Sun) どうも怒りが収まらない。 というのは、アレの2020年の総評が納得できないからだ。 言っておくが、私は2020年には参加していない。 2018年と2019年に送った気がする。 本題だが、私が2020年の総評に納得できない理由は 考えて書いた詩に「吐き気がする」と言った この一言だ。 私は評価されなくても価値があるものには価値があると考えている。 それは詩、小説、歌、絵、 アーティスティックであればあるほど、他人の感性によると思うから 自分が評価できないからと言って、価値がないと思ったことがなかった。 私はこの「吐き気がします」という一言に 怒りを覚えている。 炎上商法かと勘ぐるほどに。 私がこの気持ちをそのまま書いたら 金澤詩人賞の審査員は評価するか? たぶんしないだろう。 これは、文章に他ならないからだ。 それ以上に、自分たちに都合の悪いものでもある。 私はもしその文章を価値のあるものとしてもらえたら 審査員の人たちは評価するが その文章を評価したことに感謝したり賞賛したりしない。 こんなものを詩として全世界に晒されてたまるか。 恥でしかない。 あの人たちも、自分たちが全世界に発信していることを自覚すべきだ。 内輪だけの茶でも飲みながらの同好会ならいざ知らずだが 他人に対して「吐き気がする」なんて言葉を、公共の場で使うものじゃない。 言葉を扱えない者が言葉を語るな。 理恵
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